天才小娘に居候の騎士団長 〜体が無いなら借り暮らし〜
矢口こんた
第1話 小娘との一騎討ち
雲ひとつなく澄んだ青空の下、激しく照りつける日差しが、容赦なく広大な大地を焼き尽くす。まばらに生える夏草。乾いた土は降り注ぐ光を跳ね返し、目に映る全てのものは、眩いほどの輝きに覆われていた。
遠くの景色は熱気により、ゆらゆら揺らめいて、……って、うーん、もう、見ちょるだけで暑いっちゃ。
ガチィィーーィイイ! 重い金属音が辺り一面に鳴り響く。その振動は巨大な波となって周囲の草を撫でていき、距離をとる騎士たちにまで到達する。
鎧に身を固める騎士達は南北に対峙し、それぞれの陣営旗を掲げていた。
北側にはギルーラ王国の一部であるダンバー領騎士団が、南側にはギルーラ王国直轄の騎士団が陣取っている。同じ国同士の騎士達が袂を分ち、静かに見守る中、二人の騎士が激しい戦闘を繰り広げていた。
攻め立てるのは渋みが滲む、四十歳前後の男。
相手と開いた距離を一気に詰めにかかる。耳に掛かる程度の黒髪と、瑠璃色の鋭い眼光を後ろへ流し、低く沈めたその体を、爆発的に前方へと飛ばした。
勢いそのままに、全ての力を青く光る剣に乗せ、黒髪の男が横一文字に薙ぎ払う。青白い光の粒がキラキラと輝き、その軌道に舞い散った。
ブォンッ!! 一拍遅れ、切り裂かれた空気の音が騎士たちの元へと届く。力の籠もった強烈な一撃だ。
後方へふわりと身を
すらりとした長い足で着地すると、柔らかな肢体は、細くくびれた腰をぐぐっと
――――――
一時間ほど前、この地では大群同士がぶつかり合い、苛烈な戦闘が展開されていた。優勢にも劣勢にも傾くことなく、ただただ戦いが続く。その中でも特に、ヤツとオレは互いの敵兵を大量に蹴散らしていた。
前に進もうにも、次から次へとオレの首を狙いにやってきて、キリがない。それはこちらも同様で、敵陣営での飛び抜けた存在を倒し、相手を総崩れにさせるのが狙いだ。
無闇にいのちが散りゆくなか、こうして大切な騎士達を次々と失っていくよりも、ヤツかオレのどちらか倒れた側の陣営の敗北が明白ならばと、二人で勝敗を決することとなったのだ。
ヤツの名はセシリア・アルデレッテ。オレが剣術を叩き込んでやった相手だ。
――っと、今度はセシリアがオレに斬りかかってきた。距離を一気に詰める彼女の剣が、地面を掠めるような軌道で進み、乾いた土を舞い上がらせた。そして、彼女はオレの足元から斜めにその剣を掬い上げる。
オレは下から昇ってくる彼女の剣を、上から容赦なく叩きつけた。轟音を周囲に撒き散らし、剣を弾くと、その場に踏みとどまり、もう一度、互いの剣を打ち付けあう。金属同士の擦れる音がギリッ、ギリッと剣の悲鳴のように耳に響いた。
「セシリア、よくここまで強くなったもんだ」
「えぇ、これまでのこと、感謝してるわ。ジェリド」
――む? なんだ、なにかがおかしい。剣の先に見えるセシリアにオレは違和感を覚えた。
オレは力任せにセシリアの剣を押し退ける。力に逆らわず左足を軸に体を開き、オレの剣を右に逸らした彼女は、後方へと飛び退き、距離をとった。
同じ国の者同士、合同訓練で互いに手の内は知り尽くしている。そもそも、オレはよくセシリアの面倒をみてやっていた。一騎討ちが始まって、かなりの時間が経過した気がする。――しかし、
状況が動いた。この動き方、セシリアは上段斬りからの中段突き三連撃でくる。オレはその軌跡を読んでいた。そして、三撃目には
――少し、隙を作って誘ってやるか。
三撃目の刺突に合わせ、オレは大きく後ろに飛び退き、ワザと体勢を崩し、左へよろけてみせる。後ろに騎士が居ない場所だ。
「――
ぃよっしゃ、きたぁぁあーーっ!
オメーの切り札、魔炎弾をオレは待っていた。
オレの魔力、全部のせのせヴィルゲイトソードで、下段から振り上げ、魔炎弾を真っ二つ。振り上げたコイツをそのままオメーに叩き付けて、意識を刈り取ってやるぜっ!
この魔炎弾は距離を置くほどに巨大化する。オレは迷わず一気に距離を詰めた。
それでも眼前には、身長の倍以上に膨れあがった火の弾が熱波を引き連れ、ビリビリ辺りを震わせる重低音と共に迫ってくる。
オレは飛び込んだ先、一歩めを地面に打ちつけ、左下から渾身の逆袈裟斬りを放った。足元の地面は削りとられ、激しい閃光が斜めに走る。巨大な火球が真っ二つに割れた!
そして、頭上に振り上げた剣をそのままに、突進の勢いを殺さず……
「うるぁぁーーああっ! セシリアーーッ!!」
魔炎弾が割れた真ん中を、ヤツの名を叫び猛然とオレは突っ込んでいく!
「これで、終わ……っり!?」
ぁあん? 居ねーーっ!! どこいきやがったぁーーっ!?
オレの左右には、
そのことに気がつき振り向くも時、既に遅し。
腰の上まである黄金色の髪をふわり
――そして、彼女の沈んだ腰元には、真っ直ぐオレを射抜かんと、力の籠った剣が握られていた。
その剣には
目に映るすべてが幻想的だった。
――あぁ、なんと……美しい。
――――――
ドンッ!!
鈍い音を発し、オレの腹にはセシリアの剣が根元まで突き刺さっていた。痛みよりも、全身に灼熱の炎が駆け巡る感覚。一瞬で意識が飛びかけるが、更なる激痛の波により精神が舞い戻る。
クハッ!
口から血を吐き、言の葉を紡ぐ。
「あの魔法を放つと同時に動ける……だと?」
激しい戦いのなか、あの魔法を放てば、セシリアは魔力を使い果たし、まともに動くことなどできないはず。
「悪いわねジェリド、このマージャリングの恩恵よ」
「
「ふーん、この指輪、知ってたんだ。――え、あれ、なに? ……え、はっ!」
セシリアの声を最後まで聞き取ることはできなかった。なにかオレの名を叫んでいるような気がする。が、まぁ、終わったことだ。オレにはもう関係ねー。
静かに剣を引き抜かれ、両膝を地につけ、顔面から倒れ込むところを、包み込むように何かに支えられた気がした。
赤い血が、体温が、そして意識までもがオレの身体から抜け出していく。
おれは、この世から抹消された。最期、心奪われた光景を脳裏に焼き留めて――。
――――――
セシリアが指に嵌めたマージャリングは、ジェリドの血を浴び、わずかに妖しい光を放っている。やがてその光は、何事もなかったかのように元の琥珀色に溶け込んでいった。
陣営を賭けた魔法剣士二人の戦いは、ダンバー子爵領騎士団長ジェリドの敗北で幕を降ろした。
△▼△▼△▼△▼
――ィア。なぜだ。なぜ、おまえがそんな目に……。くっ!
はっ! あぁ、また、あの夢を見ていたのか。
翌朝だろうか? オレは目を覚ました。
目尻から液体がこぼれ、耳へ伝う感触を得た。ん? ――泣いている、のか。
意識がはっきりしてくると、船酔いで、頭がふわつく様な感じを覚えた。なぜか、やけに気持ちが悪い。
仰向けに見るのは見知らぬ天井? 掛かっていたガーゼケットを下にずらし、オレはゆっくりと首を左右に動かしてみる。華やかな調度品、テーブルには赤やピンクの花々が飾られている。飾り棚の上には縫いぐるみか、――やけに少女趣味な部屋だな。
え? 待て、目覚めた……だと?
――しばし、時を要した。
……って、オレは死んだはずだ。奇跡的に助かってここに運ばれたのだろうか。……いや、いやいやいや、んなわけねぇ。オレは胸から剣ぶっ刺されて背中から飛び出してたはずだ。心臓の辺りだしどう考えても助からねー。
どんなに高名な治癒術師でも、すぐ神父さんかお坊さん呼ぶレベルで。あれはぜってー助かんねー自信がある。
ここを、こう、ブスーっ!! ってやられたし!
っと、剣をぶっ刺されたあたりを両手で抑える。
ぷにっ……なんか、手のひらに柔らかい弾力を感じた。
「ん?」
恐る恐る両手を少しだけ左右にずらすと、ぷにぷにした物があり、オレはその触り心地の良いそれを、寄せてみたり、上げたりしてみた。
「この柔らかく心地の良い二つの感触……んん、なんだぁ?」
仰向けに寝ているせいで、少しやる気のねー膨らみになっちゃーいるが、確かにこれは……。寝た状態のまま両腕を持ち上げ、感触のあった手のひらを目の正面に見る。剣ダコはあるが白くて細い指が付いている。そして視線を少し足下へずらすと、なんかひらひらした寝巻きを着ている。
――しばし、思考が停止する。
――そして、時は動き出す!
「はーーぁ? なんっじゃ、こりゃーーっ! っていうか、なーんか、喋ってる声もやけにたけーじゃねーか。ふざっけんなっ! って、オレは誰に言ってんだよ、あぁぁん?」
『ん? ん〜、なんか朝から騒々しいわねぇ』
頭にどこか聴いたことのある声が響いてきた。
だれか居んのか? オレは起き上がり、周りを見渡した。
……いや、誰も居ねぇ。
『え? 勝手に体が動く。え? え? え? なに? どういうこと? どうしちゃったの』
ぉお? なんだ? まーた、さっきと同じ聴き覚えのある声が響いてきやがった。……っていうか、あー、この声は間違いない。アイツに似て、無駄に透き通る声。
うん、こりゃ、セシリアだわ。
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★ 挿絵
https://kakuyomu.jp/users/konta_ya/news/16817330651755685358
ジェリドが心奪われ、目に焼き付けた光景です。
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