第41話 呼び方を変えたい

 二日間にわたる泊まりを含めたデートを終えた、次の日の放課後。俺たちは男子として女子にされて嬉しいことを練習した時に使っていたカフェにやって来た。


「……久しぶりだね。ここに二人で来たの」

「そうだな、実莉みのりに告白された日以来か」


 あの日から色々あったな、と懐かしむように少し前のことを思い出す。


 二人で水族館に行って。

 実莉が作ったお弁当を一緒に食べて。

 夫婦ごっこをして。

 校外学習で浅草に行って。

 明沙陽あさひと喧嘩をして。仲直りをして。

 俺が実莉に告白をして。


 実莉とちゃんと関わるようになってからまだ二ヶ月程しか経っていないが、本当にそんなに経ったのか疑わしいほどだ。


「色々あったね、飛鳥馬あすまくんと関わるようになってから」

「実莉には振り回されてばっかだったけどな……」

「……嫌だった?」

「嫌に思うわけないだろ。前にも言ったじゃないか。実莉と関わるようになってから毎日が楽しくなったって」


 実莉はホッと息をつく。

 この約二ヶ月という時間が早く感じたのは、きっと実莉と一緒にいて楽しかったからだろう。だから、彼女には感謝しかない。


「ありがとうな、実莉」

「……え?」

「俺のことを好きになってくれて、ありがとう」

「……うん」


 実莉は穏やかな表情で微笑む。

 そして俺はそんな可愛すぎる実莉を見ていられなくなり、テーブルに置いてあるメニューに視線を向けた。このカフェに来る時はいつも同じ物を頼んでいるため、本当ならばメニューを見る必要はない。

 しかしさっき言った内容が恥ずかしいこともあって、少しでも目を逸らしたかった。


「飛鳥馬くん、頼む物決まった?」

「……あ、ああ」


 結局俺はいつものカフェオレを頼むことにし、実莉も俺と一緒でカフェオレを注文した。

 実莉はいつもストレートティーを頼んでいたが、今日はカフェオレを飲みたい気分なのだろうか。


「ねぇ、飛鳥馬くん」


 注文を聞いた店員さんが去っていったところで、実莉が口を開いた。

 俺は恥ずかしかったが実莉に視線を向けると、実莉も恥ずかしそうに俯いている状態だった。


「ん?」

「……その、提案があるんだけど」

「え、提案?」

「……うん」


 実莉は頬をほんのり赤く染め、上目遣いでこちらを見てくる。


「よ、呼び方、変えたいの。私たちは恋人だし、特別な呼び方の方がいいなって思って……」

「あだ名で呼び合いたいってことか?」

「うん! ほ、ほら! 街中とかでよく見ない? あだ名で呼び合ってるカップルとか! 昨日見た恋愛映画でもそうだったし」


 確かに実莉の言う通り、街中を歩いているカップルを見ると、特別な呼び方で呼び合っている人たちをよく見かける。

 それに特別な呼び方で呼ぶ方が恋人らしいし、俺としてもできればもう実莉に苗字では呼ばれたくない。


「そうだな。いいんじゃないか?」

「ほんと!?」

「おう……で、どう呼び合うんだよ?」


 問題はここだ。お互いがどう呼ぶか。

 例えば八重樫やえがしは実莉のことを『みのりん』と呼んでいるが、俺は絶対に『みのりん』なんて呼べない。だって、恥ずかしすぎるし。人前でなんて絶対呼べないし。


「んー、飛鳥馬くんはやっぱりきょうくんかな? 前にそう呼ばれて嬉しそうにしてたし」

「実莉がそう呼びたいならそれでいいけど……さすがに学校で京くんって呼ばれるのは恥ずかしいな」

「えーいいじゃん。ラブラブなんだって見せつけないと」

「そう、だな……」


 さて、俺はどうしよう。

 実莉をなんて呼ぶか。それが問題だ。


 みのりん。みー。みーちゃん。みーたん。みのちゃん。みっちゃん…………。


 うん、全部恥ずかしいな。

 今まで女子をあだ名で呼ぶ機会なんて一度もなかった。そのせいか、女子をあだ名で呼ぶのはどれも恥ずかしすぎる。


「実莉は俺になんて呼ばれたい?」

「うーん。美音みおんには『みのりん』って呼ばれてるしなぁ……」


 どうやら実莉は、八重樫と一緒のあだ名で呼ばれたくないらしい。特別な人には特別なあだ名で呼ばれたいそうだ。


「じゃあ、『みーたん』とか!」

「無理だな」

「即答!?」

「だって恥ずかしすぎるだろ……。学校で『みーたん』なんて呼んだら絶対に笑いものにされるぞ」

「普通に学校にもこんな呼ばれ方されてる女の子、いると思うんだけどなぁ」

「……わかった。だけど、せめて『みーちゃん』にさせてくれ。『みーたん』はさすがにきつい」

「うん! じゃあ、決まりね!」


 実莉――もといみーちゃんは嬉しそうに笑顔を見せる。

 みーちゃん、と呼ぶのも普通に恥ずかしいが、これで喜んでくれるならお安い御用だ。


「これからよろしくね! 京くん!」

「ああ、こちらこそよろしく。みーちゃん」


 この日、俺たちはお互いをあだ名で呼び合うようになった。



 次の日、遅刻ギリギリで学校に到着した。

 理由は寝不足だ。

 教室に入ると、みの……みーちゃんと明沙陽が自席に座って話しているのを見つける。


「お、おっす京也きょうや

「おはよう! 京くん!」


「「「「京くん!?!?」」」」


 教室にいるみんなは一斉にこちらに注目する。

 昨日実莉は「ラブラブなところを見せつけないと」と言っていたが、やはりさすがに恥ずかしい。

 俺は注目を浴びている中、自席に向かう。


「おはよう、明沙陽。それとみの……」

「(ニコッ)」


 実莉は笑った。それはもう、とびっきりの笑顔だった。


「……みーちゃん」


「「「「みーちゃん!?!?」」」」


 この日、俺とみーちゃんがラブラブカップルであるということは、なぜか学校中へと広まった。

 そしてさすがに学校でみーちゃんと呼ぶのは恥ずかしすぎたため、俺はみーちゃんに土下座をし呼び方は実莉に戻ったのだった。

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