第40話 初めてだった

 ショッピングモールでのデートを終え、俺たちは帰るべく道を歩いていた。外は暗くなってきており、もう帰らなければならない時間なのだと悟る。

 実莉みのりとはこのまま駅で別れ、お互いの家に帰るのだろう。と思っていたのだが……。


飛鳥馬あすまくん、ちょっと寄り道していかない?」


 駅に近づいてきたところで、手を繋ぎながら隣を歩いている彼女がそう言った。


「もちろん」


 俺たちはきっと心の中で、全く一緒のことを考えているだろう。


 ――まだ帰りたくない。


 明日からは学校で、学校を休まない限りは会える。

 でも、二日間ずっと一緒にいたからだろうか。少しでも離れると、寂しい気持ちになる気がした。


「公園で少し、話そうか」

「うん」


 どうやらそれは実莉も同じ気持ちのようで、俺の提案を快諾するように可愛らしく首を縦に振った。

 その後は別れるはずだった駅を通り過ぎ、前に俺が告白をして付き合うことになった思い出の場所である公園に入る。


「まさかまたこの公園に来ることになるとはな」

「私たちの思い出の場所だね」

「そうだな」


 この公園には今、俺たち以外の人は誰もいない。

 ベンチを見つけ、あの時とは違う距離感で隣に座る。あの時は拳三個分くらいは距離が空いていたが、今ではもう拳一個分の距離すらも空いていない。


「ありがとうな、誘ってくれて」

「……え?」

「昨日実莉が家に来て、母さんも父さんもすごく嬉しそうな顔してた。俺としてもこの二日間、すごく楽しかったよ。だからありがとう」

「私もすごく楽しかった。だから、こちらこそありがとうね」

「実莉……」

「飛鳥馬くん……」


 俺たちはゼロ距離で、目を合わせる。

 今、きっと考えているのは同じことだ。

 実莉は目を瞑り、段々と顔をこちらに近づけてきた。俺はそんな可愛らしい彼女の桜色の唇に自分の唇を重ねる。


「……んっ」


 初めてのキス。俺は今、世界中の誰よりもずっと幸せであるに違いない。キスをした時間は初めてだったため短いが、この二日間の中で最も満足度が高かったのは言うまでもない。

 キスって、こんな感じなのか……。


「ふふっ、ちょっと恥ずかしいね」

「そうだな。午前に見た恋愛映画のカップルはめっちゃしてたけど、実際にやってみると結構恥ずかしいな。外だし」

「……うん。あ、そういえばできたね。証明」

「…………え?」


 証明? なんのことだ?


「前に言ったでしょ? 飛鳥馬くんが初めて私のことを好きって言ってくれた時、本当に好きならキスで証明してって」

「あー、そういえばそんなこともあったな」

「あ、もしかして忘れてた?」

「忘れるわけないだろ。実莉と過ごす毎日は濃すぎる。だから実莉と一緒にいる時のことは何もかも鮮明に覚えてるよ」

「……そっか。嬉しい」


 実莉は頬を赤く染めながら、こちらに可愛らしい笑顔を向けた。

 そんな真っ赤になった顔は街灯の光に微かに照らされ、嬉しそうに頬を緩ませる彼女の姿があまりにも愛おしく感じられる。


「実莉……」


 俺は気が付くと、隣に座っている彼女を抱きしめていた。自分の気持ちが抑えきれなかったのだ。

 彼女が可愛すぎる。可愛すぎて、頭がおかしくなりそうだ。


「飛鳥馬くん……? どうしたの?」

「ごめん。少しだけでいいからこのままでいさせて……」


 実莉を抱きしめると安心する。

 実莉の匂いを嗅ぐと安心する。

 一緒にいるだけで安心する。

 予想以上に俺は、実莉のことが好きになっている。


「ねぇ、飛鳥馬くん」


 お互い体温を感じながら抱き合っていると、突然後ろから声が聞こえてきた。


「……ん?」


 一度ハグをやめ、可愛い彼女に目を向ける。

 すると彼女は俯いてから顔を上げ、上目遣いでこちらを見てきた。


「もう一回したい、です」

「……え?」

「その…………キス……もう一回、したいです」


 あー、もうダメだ。本当に俺の彼女が可愛すぎる。


「俺もしたい。実莉……」

「……うん」


 俺たちは再び目を合わせ、先程と同じようにキスを交わす。

 好きな人とのキスをこれから先、何度もできると思うと幸せすぎて頭がおかしくなりそうだ。

 だが人生で初めての好きな人とのキス。その味がレモンの味だったことは、この先絶対に忘れることはないだろう。

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