第35話 お風呂電話、その後

 実莉みのりとの電話が終わった後、俺は無惨な姿で母さんに見つかった。血まみれで倒れ、顔は気持ち悪いほどにニヤニヤしていたという。

 そして母さんが無惨な姿になっている息子を見て放った言葉は、


「きっもちわる。あんた、一体何やってんのよ」


 とてつもなく冷酷なものだった。



***



「ほんと恥ずかしい……」


 彼女のお風呂に入っている姿を見て、少し挑発されただけで鼻血を出してニヤニヤしながら倒れた。

 これは間違いなく、誰にも話せない黒歴史の一つとして脳裏に刻み込まれることだろう。

 そして俺は鼻に丸くしたティッシュを詰め込み、部屋の掃除をしてからリビングへ向かった。


京也きょうや、やっと復活したのね。部屋はちゃんと掃除しなさいよ」

「もうしたよ。そういえば母さん、俺の無惨な姿を写真撮ってなかった?」

「撮ったわよ? だって……あの顔は面白すぎて……ぷっ」

「早く消せぇ!!」

「えー!」


 俺はニヤニヤしている母さんからスマホを奪い取り、自分の黒歴史である無惨な姿の写真を一瞬で消し去った。この写真は、絶対に誰にも見られるわけにはいかないからな。


「京也! なんでせっかく撮った写真を消すの!」

「当たり前だろ!? 逆に母さんは息子の醜態が写った写真をどうする気だよ!?」

「どうするって、そんなの友達に見せる以外何があるの?」

「なんで見せる必要がある!? 母さんは息子の恥ずかしい姿を見られて恥ずかしくないのか!?」

「? 面白いでしょ?」


 …………おかしい。

 俺の母さん、ずっと前から思ってたけどおかしい。めっちゃ恐ろしい。


「でもまさか、あんたに彼女がいたとはねー? 母さん知らなかったわよ」

「な……!? なんでそれを……」

「電話が繋がってたから少し話したのよー。実莉みのりちゃん、いい子じゃない。ちゃんと紹介しなさいよ?」

「倒れている息子を放って何やってんだよ……」

「あ、それと実莉ちゃん倒れたあんたを心配してたから、ちゃんと無事だったことを伝えなさいよ」

「……わかってるよ」


 本当に母さんが恐ろしい。

 俺の知らないうちに実莉とも話してるし、いつの間にか実莉のことをちゃんと紹介する流れになってるし。

 俺はそんな母さんから逃げるようにリビングを後にし、自分の部屋に逃げ込んだ。


「……実莉に連絡しないとな」


 あれから充電してあるスマホを手に取り、手慣れた操作で実莉とのトークルームを開く。

 そして『悪い、死んでた』と一言だけ送信した。

 送信した数秒後、すぐに既読が付いて電話がかかってくる。


「もしもし?」

『あ、飛鳥馬あすまくんっ? よかった……』

「悪いな。心配かけたようで」

『本当に心配したよ……大丈夫?』

「まあ、今鼻の穴はティッシュで塞がってるけど、なんとか大丈夫だよ」

『そっか。あの、ごめんなさい。こんな事になるとは思わなくて……』

「だから大丈夫だって。実莉は悪くないよ」

『……うん』


 実莉はまだ少し落ち込んでいるのか、元気のない声だ。明日からはデートの約束もしてるし、こんな状態でデートなんてできないだろう。

 そのため少しでも元気になってもらえるように、明日のデートについて少し話すことに決める。


「実莉は明日、何かしたいことあるのか?」

『……え?』

「明日、デートするんだろ?」

『……うん。二人で映画鑑賞したい』

「映画鑑賞か。なら近くのDVDレンタルショップでたくさんDVD借りて、俺の家で見るか?」

『いいの?』

「もちろん。母さんにも実莉をちゃんと紹介しろって言われてるし、ちょうどいいよ」

『なら、それでお願いします……』

「おう、じゃあまた明日な」

『うん。楽しみにしてるね』

「俺も楽しみにしてる」


 実莉が元気になったかはわからないが、俺が明日を楽しみにしてることを伝えれば少しは罪悪感も解消されるはずだ。

 俺は実莉との電話を終えて一息つき、トイレに行こうと立ち上がる。すると、ちゃんと閉めたはずの部屋のドアが少し開いていることに気づいた。


「まさか……」


 一切足音を立てずに、部屋のドアへ少しずつ近づいていく。そして勢いよく部屋のドアを開けると、誰かの額にぶつかった直後、母さんが姿を現した。

 案の定母さんが今の電話を聞いていたようで、痛そうに額を両手で押えながら「何するのよ!」と叫んでいる。


「母さんこそ何してんだよ」

「息子と彼女の会話を聞いてただけよ?」

「聞くなよ!!」

「別にいいじゃない。聞いてたのは少しだけなんだから」

「本当かよ……」

「で! 明日実莉ちゃんが家に来るんでしょ? ちゃんと家を綺麗にしないとね!」

「……はぁ」


 母さんは張り切って、急いでリビングの掃除に向かう。そして俺はトイレに向かおうと階段を下りるが、事態は悪化していた。


「京也! 明日彼女が家に来るってのは本当か!? 京也に彼女ができたなんて目出度いな! よし、明日は父さんも休みだから、今日はたくさん飲むぞ!」

「父さんまで……」


 母さんだけでなく父さんまでもが張り切っており、ソファーに座ってお酒を手に持っていた。

 時すでに遅し。

 元々紹介する気ではいたが、かなり面倒なことになった。


「はぁ……明日、どうなるんだろうな……」


 明日のことを考えるだけで、少し憂鬱になってきた。

 実莉と泊まりで二日連続デートできるというのはすごく喜ばしいことだが、あまり母さんたちとは関わらないようにしよう。そう心に決めたのだった。

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