第13話 一目惚れからすべては始まった ※胡桃沢実莉視点

 中学二年生の頃、私――胡桃沢実莉くるみざわみのりは陸上部に所属していて、メガネをかけている内気な女の子だった。いわゆる地味系女子だった。

 種目は100mと200m。どっちもあまりいい成績は取れずに市大会止まりだけど、毎日練習を頑張っている。

 そして市大会がある度に、学校の女子たちで話題になる男の子がいた。


「ねぇ、飛鳥馬京也あすまきょうやくんってかっこよくない?」

「あー、あの100m関東大会出場してる人? 確かにかっこいいけど、私はタイプじゃないかなー」

「えー! 実莉はどう思う?」

「私もよく分からないや……」

「なんでー!!」


 飛鳥馬京也くん。

 別の学校でよくわからないけど、すごく足が速くてかっこいいらしく、色々な学校の女子たちから絶大な人気を得ていた。


「だって近くで見たことないもん。確かに足は速いけど、遠くからしか見てないから顔がよくわからなくて」

「じゃあ一緒に見に行こ! 次の二年男子100m!」

「……わかった」


 あまり興味はなかったけど、一応見るだけ見ておこうと思った。

 もしかしたら、今後の私の走りに影響を与えてくれるかもしれない。本当にそれだけしか考えていなかった。

 なのに…………。


「わー! 観客すごく多いね! ほぼ女子だけど」

「ほんとにすごい……」


 陸上競技場なのに、まるでライブ会場。

 これから二年男子100mが始まるってなると、一気に女子が集まってきた。

 私たちはなんとかスタート地点から見て中間地点(50m)あたりのところで観戦できることになり、飛鳥馬くんの出番を待つ。

 きっとここにいる女の子たちは全員、飛鳥馬くんの応援をしに来たのだろう。


「「「「京也くーーーん!!! 頑張れーーー!!!」」」」


 一組六レーンでスターティングブロックを合わせているのが飛鳥馬くんらしい。

 彼は集中しているのか観客である女の子たちの声援には聞く耳を持たず、早々にスターティングブロックを合わせてスタートの練習を行っている。

 そして全員がスタートの練習を終えたところで、始まりの合図が鳴った。


『On your marks. Set.』


 これから走る選手たちは一気に腰を上げ、ピストルの音とともに走り出す。

 今走っている選手たちは全員がかなり速く、出だしはあまり差がついていない。


「「「「頑張れーーー!!!」」」」


 選手たちは女子たちの声援に合わせてどんどん加速していく。

 しかしその中には一人、他の選手とは比べ物にならない別格の速さで加速している人がいた。

 六レーンを走っている、飛鳥馬くんだ。


「……すごい」


 走っているフォームはすごくきれいで、誰にも負けないという強い思いで一生懸命走っている姿に思わず見惚れてしまう。

 その姿から目が、離せない。


 ――すごく、かっこいい。


 私は彼の走る姿を見て、恐らく一目惚れをしてしまったのだろう。

 元々興味なんて微塵もなかったのに、今ではすごく胸が熱い。

 考えるだけでもドキドキして、彼の姿が頭から離れない。

 こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。



 その後飛鳥馬くんは一位でゴールし、会場では大歓声が沸き起こった。


「かっこよかったでしょ?」

「……うん、すごくかっこよかった」

「でしょでしょー! 私も一目見て好きになったからねー」


 これに関しては私も否定できない。絶対私たち以外にも彼を狙っている人はたくさんいる。

 しかし走り終わってゴール横で汗を拭いている彼を見ると、そこに近づく女の子は誰一人としていなかった。


「あれ? 飛鳥馬くんって絶対人気なのに、誰も話しかけに行かないの?」

「あー、なんか暗黙の了解があるらしいんだよね。『飛鳥馬京也はみんなのもの。絶対に抜け駆けは許さない』とかそんな感じだった気がする」

「え、ほんとに……?」

「ほんとほんと。学校の方は知らないけど、この市の陸上部の子はみんなそう思ってるんじゃない?」


 なんか、すごく怖い。

 もし抜け駆けしたら、どうなるんだろう。


「実莉も飛鳥馬くん狙うなら気を付けなよー?」

「う、うん」


 本当は話しかけに行こうと思っていたけど、さすがに怖かったためやめることにした。



 それから約一年後、今まで飛鳥馬くんを目で追うことしかできなかった私にチャンスが訪れる。

 中学三年生になり、今回の市大会で勝てなければ引退。そんな大事な日に、私は右足首を捻ってしまった。

 場所は競技場の外。

 たまたま自動販売機に飲み物を買いに行き、自分の学校のテントに戻るところだった。


「痛っ……!」


 あまりの痛さで動けなくて右足首を抑えながら座っていると、私のもとに飛鳥馬くんが現れたのだ。

 彼もちょうど飲み物を買いに来たらしく、私の方を一瞥し自動販売機に向けていた足をこちらに向けた。


「大丈夫? 足捻ったの?」

「……え? う、うん」


 初めて彼と話した。

 飛鳥馬くんってこんな声してるんだと思って感激してしまったが、今はそれどころではない。


「そっか。じゃあ救護室行こ。立てる?」

「……無理かも」

「わかった。乗って」


 飛鳥馬くんは背を向けてしゃがみ、自分の背中をポンポンと叩いた。

 おんぶして連れて行ってあげる、ということだろう。


「……え、いいの?」

「もちろん。歩けないならこうするしかないし」

「あ、ありがと」


 私はそれから彼の厚意に甘え、おんぶされながら救護室に連れて行ってもらった。


 抜け駆けは許されないという暗黙の了解。

 そんなのは、どうでもいい。

 誰にも聞かれなければいいだけの話だ。


 おんぶで救護室に連れて行ってもらってる途中、私は思い切ってどの高校に行く予定なのか聞いてみることにした。


「俺? 俺はね――」


 その後は言わずもがな。

 私は部活を引退し、飛鳥馬くんと同じ高校に通うべく必死に勉強を始めた。

 加えて飛鳥馬くんに見合う女の子になるべく、自分磨きも同時並行で頑張った。



 そして高校には無事に合格し、迎えた入学式。

 私は浮かれながら自分のクラスの名簿を確認し、ずっと気になっていたただ一人の名前を探す。


『飛鳥馬京也』


「み、見つけた! 同じクラスだ!」


 夢なのではないか、と思った。

 ずっと好きだった人と同じ高校で、同じクラス。

 すごく嬉しかった。

 でも、とりあえず一年生の間は様子を見ることにした。

 ゆっくりと。着実に。飛鳥馬くんを私のものにできるように。

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