第12話 勘違いしてるよ。私が好きなのは――。
昼休みに
無論、
それで俺が置いていかれたのは気に食わないが、まあ仕方がないかと許すことに決める。
「よかったな……胡桃沢」
本当によかったと、心の底から思う。
でも、少し。ほんの少しだけモヤモヤする。
どうしてモヤモヤしているのかは分からない。
ずっと二人が結ばれることを応援していたはずなのに。
「……くそ。なんで、モヤモヤしてるんだよ」
ちゃんと二人のことを応援しなきゃいけない。
二人は結ばれる。それでいいじゃないか。胡桃沢はずっとそのために練習をしてきたんだ。
だから、このままではいけない。
俺は必死にモヤモヤする気持ちを押し殺し、二人のいる教室へ向かったのだった。
放課後、俺は久しぶりに部活へ向かうべく下駄場で靴を履き替えていた。
すると後ろから、誰かに突然肩を優しく叩かれる。
「……んっ」
振り向こうとすると、誰かの人差し指が俺の頬に突き刺さった。
「ふふっ」
「…………なんだよ、胡桃沢」
「ほっぺをつつかれて嫌そうな顔する
「うるせ。で、何か用?」
「今日部活終わったら、いつものカフェに来てね」
「……は?」
「待ってるから」
そう言い残し、逃げるように去っていく胡桃沢。
正直今日はあまり行きたくないが、待ってるからと言われてしまえば行くしかない。
せっかくモヤモヤした気持ちを押し殺したのに。胡桃沢と喋るとまたモヤモヤしてきた。
「もう何も考えないように全力で走ろう」
陸上は素晴らしい。
何も考えず、ただ気持ちよく走ることができるから。
部活が終わり、俺は重い足取りでいつものカフェに向かった。
走る時は何も考えないで済むのに、いざ約束の時間が近づいてくるとどうしても胡桃沢のことを考えてしまう。
「はぁ……今日はなんなんだろうな。練習ではないだろうし」
恋人同士でしかできないようなことを除けば、もう俺が挙げた男子として女子にされて嬉しいことの練習は終わっている。
もしかして、恋人同士でしかできないようなことを練習するのだろうか。
「いや、さすがにないか」
これから何をされるのだろうかと不安になりながらも歩を進めていると、あっという間にいつものカフェに着いてしまった。
一度深呼吸し、カフェに入る。
するといつも座っている席の方から、胡桃沢の声が聞こえてきた。
「あ、飛鳥馬くん! こっちこっち!」
「待たせてごめん。それで、今日はなんの用だよ?」
「飛鳥馬くんと少し話がしたかったの」
「……へ?」
予想外の言葉に、あっけらかんとしてしまう。
どうして俺と話をするためだけに、カフェに呼び出したんだ?
「ねぇ、飛鳥馬くん。今日の昼休み、明沙陽に何か言った?」
「……え?」
「お昼、屋上の方に行ったんでしょ? そこで明沙陽に何か言ったんじゃない?」
「な、なんでそれを知ってんだよ!?」
「さあね。で、言ったの? 言ってないの?」
恐らく胡桃沢が言っているのは、俺が明沙陽に胡桃沢をデートに誘えって言ったことだろう。
昼休みが終わってから急にいつもと違くなった明沙陽を見て、疑問に思ったのだろうか。
「……言った」
「なんで? 私のため?」
俺が肯定の意を示すため首を縦に振ると、胡桃沢は深くため息をついた。
「飛鳥馬くん、勘違いしてるよ」
「え、勘違い?」
「うん。私の好きな人、明沙陽じゃないよ?」
ワタシノスキナヒト、アサヒジャナイヨ?
え、待って。どうゆうこと?
「……はい?」
「だから、私の好きな人。明沙陽じゃないって」
「はぁぁぁぁぁあああああ!?!?」
意味がわからなかった。
俺が初めて胡桃沢に呼び出された日、こいつは明沙陽のことを好きだって言っていたはずだ。
「私、明沙陽のことが好きなんて一言も言ってないし」
「え、いや言ってただろ!?」
「言ってないよ。明沙陽はただの幼馴染だもん。恋愛感情なんて一切抱いてないよ」
「はぁぁぁぁぁあああああ!?!?」
初めて胡桃沢に呼び出された日のことを思い出してみよう。絶対こいつは明沙陽が好きだって言ったはずだ。
『私の恋愛相談の相手になってほしいの』
『……なるほど』
い、言ってなかったーーーーー!!!
ただ恋愛相談の相手になってほしいとしか言われてなかったーーーーー!!!
いつも俺に近づいてくる女子は、明沙陽との仲を取り持ってほしいって言ってくるから完全に勘違いしてたーーーーー!!!
「じゃあ、胡桃沢は一体誰のことが好きなんだよ」
「……聞きたい?」
「うん」
胡桃沢は頬を赤く染め、恥ずかしそうに両手の人差し指をくっつけたり離したりし始める。
「私の好きな人はね」
それから少し間が空いた。
ほんの数秒だったが、なぜかものすごく長く感じた。
「飛鳥馬くんだよ」
「……アスマくん?」
「そう、飛鳥馬くん」
こちらに人差し指を向けてくる胡桃沢。
ということは…………俺!?
「いやいや嘘つけ!? どうして俺なんだよ!?」
「酷い! 私の気持ちは嘘だって言うの? ほんとのことなのに」
いや、え?
本当に俺なの? からかってるだけ、だよな?
「なぁ、それほんと?」
「うん。ほんとだよ」
「嘘だったら?」
「今すぐここでキスしてあげようか?」
目を瞑り、少しずつこちらに顔を近づけてくる。
これはからかっているわけではなさそうだ。とても信じ難い話だが、間違いない。
「わ、わかったから! キスはしないでくれ!」
「ちぇっ……」
「ひ、一つ聞きたいんだけどさ、今までの練習ってもしかして――」
「あー、練習っていうかほぼ本番かな。すごく恥ずかしかった……」
「…………」
まさかの言葉に絶句してしまう。
「まあでも、飛鳥馬くんは元々私の事なんて眼中になかっただろうし、突然告白されても振られるだけでしょ?」
「そうだな、多分」
「だから恋愛相談って形にして近づいて、飛鳥馬くんに好きになってもらうしかないかなって」
なるほど…………って、なんで納得してるの俺!?
「いやいや、なんで俺なんだよ。胡桃沢との接点なんて今までほとんどなかっただろ?」
「確かにないね。でも、仕方ないじゃん。一目惚れだったんだから」
「一目、惚れ……?」
「うん。中学生の頃にね」
そうして胡桃沢は懐かしむように、俺と出会い一目惚れした中学生の頃についてゆっくりと話し始めたのだった。
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