第10話 『看病してくれる』

 こんなにも都合のいいことが起こるだろうか。

 胡桃沢くるみざわから恋愛相談を受けて。男子として女子にされて嬉しいことを聞かれて。

 俺が挙げたことを練習したいと言われてから、約一週間が経った。


「やべぇ……頭痛い」


 もう俺が挙げたことのほとんどを胡桃沢は練習し、残り三つのところまで来た。

 だがそのうちの二つは、本当の恋人同士でしかできないようなことだ。

 ということは残り一つ。それは『看病してくれる』。

 もう一度言う。こんなにも都合のいいことが起こるだろうか。


「まじかよ……熱あんじゃん」


 熱を測ってみると、体温計には38.7℃と表示されている。

 『看病してくれる』は練習できないと思っていたんだが、こんなにも早くできるかもしれない日が来るとは。


「一応LIMEしとくか」


 俺はまず明沙陽あさひとのトークルームを開き、手馴れたフリック入力を始める。


『風邪引いたから今日学校行かない』


 と送信し、転送機能を使って胡桃沢にも送信した。

 すると数秒後、明沙陽からではなく胡桃沢からLIMEが帰ってくる。


『大丈夫? 無理しないでゆっくり休んでね。今日の放課後お見舞いに行ってあげるから。お大事に』


「やっぱり来るよなぁ……」


 期待していた、というわけではない。

 もしかしたら来てくれるかもしれないとは思ったが、胡桃沢にだって用事はあるだろうし、来てくれないだろうと思っていた。

 俺は『ありがとう』と送信し、スマホの電源を切る。

 とりあえず今は寝たい。そう思ってベッドの中に入ると段々と意識が朦朧としていき、一瞬にして深い眠りについたのだった。



 ――ピーンポーン。


 インターホンの音が聞こえてくる。

 きっと胡桃沢が来たのだろうと思って重くなった体を必死に起こし、玄関へ向かった。

 朝ほど体調は悪くなく歩いて動ける程度には回復したが、それでもやはり体は重い。


「はいはい」


 ドアを開けると、目の前には制服で何かが入っているレジ袋を片手に持つ胡桃沢が立っている。


「あ、飛鳥馬あすまくん。大丈夫?」

「うん、寝たら大分楽になったよ。来てくれてありがとうな」


 胡桃沢を家に上げ、並んでリビングに向かう。

 すると胡桃沢は水色のエプロンを取り出し制服の上につけ、肩下まで伸びた綺麗な栗色の髪を後ろで結びポニーテール姿に変身した。


「なんだよ、また料理してくれるのか?」

「だって飛鳥馬くんのお父さんとお母さん、仕事で忙しいんでしょ? だったら飛鳥馬くん何も食べてないだろうなって思ったの。私がお粥作ってあげるね」

「……さんきゅ」

「なるべく早く作ってあげるからベッドで休んでて。作り終わったら持ってくから」


 俺は言われるがまま自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がった。

 そういえばスマホの電源を切ったままだったため電源を入れると、ロック画面には無数のLIMEの通知が表示される。


京也きょうや! 死ぬなぁぁああ!!』

『お、おい? 本当に大丈夫か!? 返事くれよ!!』

『京也……まさかお前……!?』

『やめてくれぇぇええ!! 俺を一人にしないでくれぇぇええ!!』


 全て同一人物。明沙陽からのものだった。

 勝手に一人でよく分からないことを始めているこいつを、頼むから誰かどうにかしてくれ。

 俺は冷たい目でスマホの画面に表示された無数の通知を眺め、返信することなく再び電源を切った。

 うん、見なかったことにしよう。そうしよう。


「ふぅ……」


 それからしばらく何も考えずベッドの上で寝転がりながら天井を見上げていると、部屋のドアがノックされた。


「入ってきても大丈夫だよ」

「お邪魔します……」


 先程見せた水色のエプロン姿アンドポニーテール姿ではなく、制服姿で髪を下ろした状態の胡桃沢が遠慮がちに入ってきた。


「お粥できたよ」

「わざわざ作ってくれてありがとうな。じゃあいただきま――」

「待って」


 胡桃沢から作ってくれたお粥を受け取ろうとした瞬間、なぜか分からないが手で制止されてしまう。


「……え、なに?」

「あーんして」

「あーん!?」

「私が食べさせてあげる。だから早くあーんして」

「ひ、一人で食べられるって」

「い・い・か・ら!」


 なんで俺、今こんな状況になってるの……?

 状況を把握できないまま、言われた通り口を開ける。

 すると胡桃沢は作ったお粥をスプーンで掬い、ふーふーと冷ますように息を吹きかけてから俺に差し出した。


「あーん」


 同級生の女子にこんなことをされているなんて、恥ずかしすぎてたまらない。

 今すぐ愧死してしまいそうだ。


「美味しい?」

「……うん。めっちゃ美味い」


 胡桃沢が作ってくれたのは、彼女いわくサムゲタン風お粥らしい。

 ちなみにサムゲタンとは韓国料理の一つで、薬膳料理や補身料理ともされているものだ。

 これは生姜が効いてて、本当に美味しかった。


「じゃあもう一回。あーん」

「い、いいってもう。一人で食べれるから」

「だーめ! まだ熱あるんでしょ? だから私が全部食べさせてあげる」


 何度自分で食べると言っても、胡桃沢は断固としてあーんをやめようとしない。

 もしかして、男子として女子にされて嬉しいことの練習の一つか? と思ったが、俺はそんなことを挙げてないため違うだろう。

 …………普通にされたら嬉しいけども。


「……じゃあ、よろしくお願いします」

「素直でよろしい。弱ると素直な飛鳥馬くん、可愛いと思うよ」


 可愛いと茶化されるのは久しぶりな気がするが、別に嫌ではないと思い始めている。

 男としては、可愛いよりかっこいいの方がもちろん嬉しいが。

 というわけで、俺は何も言い返せないままあーんをされ続けることになったのだった。

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