たわごとあだごとひとりごと

ろうと

第1話

 


 大晦日。聳え立つビルの狭間にひっそりと、都心の景観には違和感しかないような築50年越えのボロい2階建木造アパート。1K18平米トイレ風呂付き和室のみの8室の1つ、2階の端っこの部屋には2人が炬燵を囲んで、テレビに映る歌番組を2人とも、ただボーッと眺めていた。


「あのさぁ」


「うん?」


 2人の視線はテレビ画面のまま。


「私、異世界人なんだよね」


「あ、そう」


 気の抜けたまま続く会話。


「それでさ、今日私の20歳の誕生日」


「知ってる」


「20歳になったら異世界に戻らないといけないんだよね」


「ふーん、そうなんだ。大学どうすんの?」


「辞める事になっちゃうかも」


「勿体無いな」


「ねー。勿体無いよね」


 沈黙。部屋にはテレビから、今年流行った音楽が静かに響いている。


「それでさあ、異世界行く時に結婚相手連れて行かないといけないんだけど」


「そうなんだ」


「そうなんだよね。でさぁ、私についてきてくんない?」


「それって、プロポーズ?」


「うーん、そうかも」


「そうなんだ」


「駄目?」


「えー?いいよ」


 部屋にはテレビから、今年流行った音楽が静かに響いていた。





 正月。新年の始まりの日は近所の神社で初詣、が付き合いが始まってから十数年の、いつも通りだった2人だが、この日は違っていて見知らぬ世界のとある上空2000mの空にいた。落ちている真っ最中だった。


 「うあぁぁぁぁ!死ぬ死ぬ死ぬ!」


 「え?何?風で聞こえないんだけど?」


 雲一つないコバルトブルーの空には大きな有明の月が二つ浮かび、地表に広がる雄大な尾根や広大な海、雲をも貫き聳え立つ巨大な大木、点在する無機質な建造物の集合点等、それら全ては神秘的で明らかによく知る地球での光景とは異なっていた。ただそんな光景に、違和感を2人は抱かない。


 1人は、ただ単にそれが当たり前の事であるから。そしてもう1人は、訳もわからず急に空に放り出され、もの凄い勢いでこの星の重力を感じつつ経験した事のない程の風圧を受けながら上空から落下する恐怖と混乱でぐちゃぐちゃになった頭では、さすがに異世界の風景を認識する事は到底無理な話であるから。


 「ぎゃあー!!!」


 目前に迫った地面にどうしようもなく、ただ叫ぶしか無かったが、突然体が何かに包まれた感触があった。柔らかい浮遊感が落下速度をスローにし、ゆっくりと落ち、優しく地面に足がついた。


 「よっと......。ねぇ、マコト。空でなんて言ってたの?全然聞こえなかったんだけど」


 マコトは地面に足がついてすぐ腰が抜けたように両膝を突きながら、のほほんと声を掛けてくる相手を、涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになった顔のまま精一杯睨んだ。


 「ヤクモ!ふざけんな!ヤクモ!死ぬかと思っただろ!」


 「死ぬ訳ないじゃん。魔法使うんだから」


 ヤレヤレみたいな顔してヤクモはため息をついた。その、当たり前でしょ?みたいな顔がムカつく。


 「魔法?はぁ?聞いてないぞ、そんな事!てか、魔法ってなんだよ?ふざけんなっ!」


 「あれ?言ってなかったっけ?」


 「言ってない!大体なんだよ!急にわけのわからんとこに放り投げて、いきなり何もない空って......空って!」


 大晦日が過ぎ、時計の両針が天辺を差して新年を迎えた瞬間、ヤクモは指でチョチョイと異空間への扉、見た目は空中にぽっかり空いた小さなブラックホールみたいな穴を魔法を使って開けて、そこに、炬燵に入ってぼっーとテレビを眺めてたマコトの腕を掴んで文字通り投げ飛ばして穴に入れた。そして穴の先は空だった。


 「えぇ?だって私言ったじゃん。異世界行くって」


 「はぁ?異世界ってなんだよ!?意味わかんねーよ!」


 「だから言ったじゃん。私異世界人なんだって」


 えぇ?と力無く呟くように言ったマコトは涙やら鼻水やらを着てたロンTの袖で拭いながら、恐怖8割混乱2割だった頭の中が恐怖1割混乱9割になっていた。


 何言ってんだ?コイツ。

 異世界、はぁ?魔法、はぁ?


 小さい頃からご近所同士で幼馴染と言っても過言じゃないヤクモとの関係は10年以上。ちょっと、いや、大分変わった天然女だってのは知っていたから、またいつものわけわからん事の延長で、異世界人やらなんやら突拍子もなくいい出しやがったなコイツ、といつものようにヤクモの話を適当に流していたマコトだった。


 事実として見たことも聞いたこともない様な異世界の景色広がるこの場所にいて、だけどそれが現実として受け入れられない程マコトは混乱していた。


 「もー、いつも私の話ちゃんと聞いてないんだから。マコトが悪いのよ」


 「いやいやいや、いつもヤクモが訳のわからん事言ってるから、こっちだって流したんだろ!」


 「何?じゃあ私が悪いって言うの!?」


 「そうだろ」


 「なによ!」


 「なんだよ!」


 あーでもない、こーでもない。2人にとってはいつもの、しょうもない言い合いはしばらく続いた。しょうもなさがどんどんエスカレートする言い合いを続け、気づけば両者とも息切れしていた。息切れで言い合いは自然とストップ、これも2人にとってはいつもの、じゃれ合いの様なものだった。


 だんだん落ちついてきたマコトは改めてヤクモに話を聞いた。


 ヤクモには親が決めた許嫁がいるらしいのだがその相手との結婚が嫌で、散々ごねた結果、ヤクモは両親から認められる様な相応しい相手を二十歳の誕生日の日までに連れて行くとヤクモの両親を説得し約束したらしい。で、今日がその期日。


 「結婚はまだしたくないし、けど相手がいないからマコトに私の恋人って事で両親に紹介して、取り敢えず許嫁との結婚をなしにしたいってわけなのよね」


 だからお願いマコト!っと両手を合わせてヤクモはお願いした。うん、話聞いても全然理解できん。説明不足が過ぎる。


 異世界とか魔法とか許嫁とか......なんか色々突っ込みたい事満載なんだけど、そんな事よりマコトはヤクモに言いたい事があった。


 「あのさ、ヤクモ。付き合い長いからお前が天然だって事は知ってる。知ってるけどな、私は女だぞ!私をお前の恋人って紹介するのは無理があるだろ!天然なのもいい加減にしとけよ、こんにゃろう!私が女だって知らなかったんですか!?」


 「何言ってんの?マコトが女だって知ってるわよ」


 キョトンとするヤクモの顔を見てマコトはちょっとイラッとした。


 「分かってんなら私がお前の恋人とか無理って分かるだろ!じゃあ何?異世界って所は女同士の結婚を許容するジェンダーがフリーな素晴らしい世界なんですかぁ?」


 「同性同士の結婚は認められてないわね。それで言うとこの世界は地球よりも遅れているわね」


 困ったもんですよ、とヤレヤレみたいな顔をしたヤクモにマコトは更にイラッとした。


 「じゃあ、そもそも無理がある話じゃんか。何で私連れてきたんだよ?」


 「えーっ?だってさぁ、マコトかっこいいじゃん。大丈夫!安心して。男装すればマコト美少年になれるから。きっと私の両親もマコトの事を気に入ってくれるわ!それにこんな事を頼めるのは親友のマコトしかいないし、お願いお願いおねがーい!」


 出たよ、いつものお願い攻撃。はぁ、とため息を吐いたマコトはゆっくりと空を見上げた。空に透ける二つの大きな白い月を眺めて、なんかよく分からんが面倒な事になっちゃったなぁとマコトは思った。

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