第10話 08
すべての龍は〈神々の奇跡〉に匹敵する呪術によって、精神的な
『部族の戦士たちに誘拐されて、神殿まで連れて来られたのでしょうか?』
ノノが
「聖地を不法に占拠していた部族の仕業で間違いないだろう。でも、理由が分からない」
『〈天龍〉は神々に連なる存在です。その神性を自分たちの宗教に利用しようとしたのでは?』
「辺境の部族とはいえ、龍族を敵に回すような
『聖地を手に入れて舞い上がっていたのかも』リリは小さな龍をじっと見つめながら、ゴロゴロと喉を鳴らす。『それか、この子を食べようとしていたんじゃないのかな』
「食べる?」
アリエルが顔をしかめると、小さな龍に夢中になっていたリリの代りに、ノノが龍の生態について簡単に説明してくれる。
『龍の
「つまり、連中は龍を
『
「オオカミの肉を
『考え口にするだけでも
「だとしても、この龍は
晴れた日には、
リリはゆっくり手を伸ばすと、寝台に横たわる龍の体毛をそっと撫でた。
『厄介なことになる前に、この子を保護できて良かったね』
「ああ、そうだな……」
アリエルは落ち着いた声で返事をしたが、厄介なことになるのはこれからだろうと考えていた。もしも首長に龍の存在が知られでもしたら、強引に取りあげられてしまう可能性は充分にあった。
そして龍の存在を隠匿する鎖がなくなってしまった以上、子どもを奪われた天龍にいつ襲撃されてもおかしくない状況にある。そうなってしまったら、部族に破滅的な被害がもたらされることは誰の目にも明らかだった。
巫女のひとりであるクラウディアが
彼女の手がぼんやりと発光するのを見ながら、アリエルは
「クラウディアは呪術師なのか?」
「はい、正確には〈
「部族のもとから誘拐されたのか」
「はい……」
森では略奪が日常的に繰り返されていて、婚姻や強姦目的に女性や子どもが
ノノはあからさまに不満の表情を浮かべながら、彼女を見やった。
『
神官たちが毒を使い自殺したことを知らなかったのだろう、クラウディアは曖昧な表情でうなずいた。
「ところで」と、アリエルは気になっていたことを
「この子の健康状態を確認しています。まだ不安定な呪術ですが、治療も行えるので……」
彼女の言葉に
「ここにいる巫女は全員、治癒の能力が使えるのか?」
「私たちは巫女ではありません。あの子のお世話をするために、この場所に監禁されていただけですから……」
「だから神官と口を利くことも許されなかったのか」
「はい……」
『まるで奴隷だね』と、リリの瞳を
『さて』と、ノノは声の調子を変えながら言う。
『ぐずぐずしている時間はありません。すぐに遺物の捜索に戻りましょう』
アリエルはうなずいて、それから言った。
「クラウディア、皆に旅の支度をさせてくれ」
けれど返事がなかった。彼女を見ると
「クラウディア?」
「あっ、はい! なんでしょうか!?」
「龍の子を聖地から連れ出す。お前たちも連れて行くから旅の支度をしてくれ。長旅になる。多くは持ってはいけない、本当に必要なものだけ取って、いつでも動けるように準備をしていてくれ」
「……私たちも、ですか?」
「略奪を目的とした戦士たちがやって来ている。この子の世話ができる人間をみすみす失うようなことはしたくない」
それから青年は言葉を止めて少し考える。
「安心しろ。連中みたいにお前たちを
「家族はいません」と、女性のひとりが言う。「この場所に連れて来られるとき、目の前で親を殺されました」
アリエルは声の主を見つけると、何か言葉をかけようとしたが、
『長い旅になります』と、ノノが小さく鳴いた。『どんなに苦しくても、もう引き返すことはできません。私たちと一緒に旅をする覚悟はありますか?』
ノノの言葉に彼女はうなずいた。その
それを確認したアリエルは女性たち全員の顔を見ながら言う。
「了解した。リリをここに残していくから、必要なモノがあれば彼女に頼んでくれ」
クラウディアがてきぱきと皆に指示を出し始めたのを確認すると、青年はノノと一緒に部屋を出て行こうとする。
『エル、ちょっと待って』と、リリに呼び止められる。
『あの子たち、旅に耐えられるような装備は持っていないみたいだよ』
それは非常に困る。無防備な女性を連れて戦場を歩くだけでも厄介な問題になりそうなのに、戦闘で
「俺に任せてくれ、考えがある」
それからアリエルは、部屋の入り口に立っていた片耳の守人に折れた刀のことを謝罪した。
「気にするな、兄弟」髭面の男はニヤリと笑ったあと、混沌の怪物に
彼は黒オオカミの毛皮に隠していた剣を
「どこで手に入れたんだ?」
「神官の死体が転がっていた場所だ」
「あの祭壇がある場所だな……なにか見落としていたのかもしれない」
アリエルは片耳の守人に声を掛けたあと、ノノを連れて廊下に出た。
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