彼女の未練は
宮川雨
第1話 面倒な役回り
「なんで俺がこんなことを」
俺だってバイトとか忙しいのによ、なんて若干腹を立てながら青空の下俺はじいさんの家まで借りものの車を走らせていた。今年の夏は暑すぎるだろう、そんなんだから俺がじいさんの家に来て荷物を準備するはめになるんだ。そう心の中でぐちぐちといいながら祖父の家に入る。
じいさんはここ数年前から認知症が進んでいき、話がかみ合わなくなってきた。心配になった母さんたちはじいさんと一緒に住もうとしたが、結局介護の問題から今年の1月にじいさんは老人ホームに入ってもらうことになったのだ。
それから荷物は毎回母さんや叔父さんたちが用意していたんだけど、今年は例年より早く夏がきたため、予定より早めに夏用の布団やパジャマ、私服などを用意してほしいと老人ホームの職員さんに言われた。しかし母さんたちは仕事で準備が難しいため、大学生で時間のある俺が準備を頼まれたのだ。
「まずは家中の窓を開けないとか」
ばあさんは数年前に亡くなりじいさんは老人ホームにいるため、この家には今誰も住んでいない。そのためなるべく誰かしらが1か月に1回来て、窓を開けて軽く掃除をすることで家の老朽化を少しでも防ごうとしている。よって俺は今日荷物の準備とともに軽く掃除もしなければならない。
それにしてもそこまで大きくない家ではあるけれど、正直一人で掃除と荷物準備は骨が折れる。掃除は軽く掃除機だけかけて、あとは荷物を詰めてさっさと帰ろう。そんなことを考えながら家中の窓を開けて空気の入れ替えをする。さて、じゃあまず掃除機を納戸から出すか。
事前に母さんから掃除道具や洋服のある場所は聞いていたため、探す手間はかからない。あった、これか。古い掃除機に手をかけて取り出した瞬間、ガタッと何かにぶつかる音がした。
「なんだ、これ?」
それは紫色の古ぼけた風呂敷に包まれていた。持ってみると結構大きくて重い。一体何だろうか?不思議とそれが気になった俺は、やけに厳重に包んでいた風呂敷を解いていこうとするが、なぜかそれは固くて解けない。ここまできたら気になる、風呂敷なんて後で別のやつに包めばいいだろう。
そう考え居間から鋏をとってきて風呂敷を切っていく。するとその中からは一人の女性が描かれた肖像画がでてきた。綺麗な人だ。その女性は黒い髪をお団子に結び淡いピンク色の着物を着ていて、手を胸の前で握り悲しそうな顔をして描かれていた。 あまりの綺麗さに俺は数分間その肖像画を見つめていた。
ボーンという時計の音が鳴ったことで俺は意識を取り戻す。いけない、掃除と荷物!肖像画を丁寧に置いて俺は掃除機をもって居間などを掃除し始めた。
「もう14時か」
掃除やら荷物詰めが終わるとすでに14時をすぎていた。俺はスマホを取り出して老人ホームへ「今から1時間後に荷物を届けます」と一言電話を入れる。これであとは荷物を届けるだけだな、とじいさんの荷物を車に乗せたあとにふと、あの肖像画を思い出した。
「持って帰ろうかな」
俺はなんでかそう考えた。普段なら無断で何かを借りたり持って帰ったりなんてしないのに、なぜか俺はあの肖像画を持って帰らなくてはならないと思うようになっていた。そして気が付いたらじいさんの荷物の横にのせて出発していたのだ。
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