第36話:モラハラDVは遺伝する?




「なぜエルランジェ公爵家との婚約式に、なぜジェルマン侯爵家を呼ばない!」

 興奮する義父を、マリアンヌは冷めた目で見つめる。

「なぜなぜ言われても困りますわ。大事な事だから二回言ったのでしょうか?」

 言葉にネタを入れ込む余裕だが、残念ながら周りにそれを解る人間は居ない。


 しかし馬鹿にされたのは判ったのか、ジェルマン侯爵はマリアンヌに掴みかかって来た。

「この、生意気な売女ばいたが!」

 マリアンヌのドレスの襟元を掴み、ソファに座っていたのを無理矢理引き上げる。


 ドレスがビリリと悲鳴をあげた。

 胸元へ掛けて縫い目が裂けている。

「正当防衛よね!」

 嬉しそうに言ったマリアンヌは、ジェルマン侯爵の腕目掛けて、持っていた鉄扇を思いっ切り振り抜いた。




「ラウルの婚約式に、なぜジェルマン侯爵家を呼ばないのか、でしたっけ?」

 床にうずくまったジェルマン侯爵を、マリアンヌは見下ろす。

「後何年かで縁が切れる相手なんて、呼ぶ価値が無いからですよ」

 マリアンヌの中の決め顔で言い放つが、折れた腕を抱えて蹲る男が見ているはずも無い。


「そちらの契約医師を呼んで」

 扉付近で顔面蒼白で立っている執事へ、マリアンヌは溜め息と共に命令する。

 まるで脱兎の如く、執事は部屋を出て行った。

 蹲るジェルマン侯爵はやっと落ち着いたのか、折れた腕を抱えながらマリアンヌを睨み付けてきた。



「こんな事をして、許されると思ってるのか!お前の伯爵家など潰してやる!」

 怒鳴るジェルマン侯爵の背中を、マリアンヌは踏み付ける。

 踵側に体重を掛けて、ヒールが刺さるようにする事も忘れない。

「許されますよ。だって私、乱暴されそうになりましたし、ねえ?」

 マリアンヌが顔を向けた先には、一人の護衛騎士。

 よく見ると腰のサッシュには、エルランジェ公爵家の紋章が付いている。


「はい。エルランジェ公爵家所属の騎士として、私はそのように証言します」

 権力を盾にして威張り散らしてきた男には、同じ事を返してやるのが良いだろう。

 マリアンヌの作戦通り、エルランジェ公爵家の騎士の前で、ジェルマン侯爵は暴力を振るってきた。


「嘘をくと言うのか!」

 ジェルマン侯爵が顔を青くする。

 骨折のせいか、公爵家の名前を聞いたせいか、その両方だろうか。

「嘘、では無いですよね?」

 マリアンヌが破れたドレスの胸元をヒラヒラと摘んで振る。



「父上!大丈夫ですか!?」

 医師より先に、ケヴィンが部屋へと飛び込んで来た。

「あら」

 ケヴィンの姿を見ても、マリアンヌは足を退けなかった。

「貴様!何をしている!」

 自分へ向かって来たケヴィンへ、マリアンヌは鉄扇を向ける。

 その威力を知っているケヴィンは、ひるんで足を止めた。


「ケヴィン、契約の変更をします。第二夫人の教育は終わっておりませんが、離縁しましょう」

 マリアンヌの提案に、ケヴィンが目を見開く。

「な!ジョアキムの成人には、まだ2年も有るだろうが!」

 ケヴィンはまだ、マリアンヌとよりを戻す事を諦めていなかった。

 後2年、まだ2年有る、そう思っていた。



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