第32話:遺伝子の力




 マリアンヌとシャルルの子供は、見た目は天使で中身は野生児だった。

 ふわふわの金色の髪は、色はマリアンヌの父方のジュベル伯爵家で巻き毛は母方のティボー伯爵家から受け継いでいた。

 そして瞳の色は金色。

 皆を驚かせたその色は、シャルルの母方であるエルランジェ公爵家のものだった。


 男爵家の妻が公爵家!?と、別の意味で皆を驚かせたが、7番目の子供で四女の上に、一人だけ年が離れていたので、色々と自由に生きてきたそうだ。

 金色の瞳の事は公爵家にも報告され、お忍びで公爵家の面々も遊びに来ている。




「ラウル様が木から落ちました!」

 ある日、メイドが焦った様子で部屋に飛び込んて来る。

「意識は?」

「あ、あります」

「頭から落ちたの?」

「い、いえ、右腕が痛いと泣いてました」

 ふぅ、とマリアンヌは息を吐き出す。


「シャルルも居るのなら大丈夫ね。先生は呼びに行ったのよね?」

「はい!」

「ラウルには、木に登る危険性も、落ちた時に怪我をする事も説明してあります。それでも登ったのはラウルの自己責任です」

 マリアンヌが立ち上がる。

「下に危険な物がある木には、シャルルが登らせないでしょう」

 言いながら、部屋を出て庭へ向かう。


 ふと立ち止まり、呼びに来たメイドを振り返った。

「どこの木から落ちたのかしら?」

 冷静を装っているが、実はかなり動揺しているマリアンヌだった。



 利き腕を骨折したラウルは、この機会に両手を使えるようにと訓練をした。

 実は父であるシャルルも同じ経験をしており、両利きとなっていた。

「私の遺伝子だけじゃなかったか」

 右腕を固定され三角巾で吊っているラウルを見て、マリアンヌは苦笑した。


「マリアンヌも木から落ちたよな」

 ラウルの見舞いに来たファビアンから言われ、マリアンヌは驚いた。

 全然記憶になかったからだ。

 どうやらマリアンヌは3歳までお転婆だったようで、魂の影響だろうなとマリアンヌは一人納得していた。


 ラウルが左手の訓練を始めたのを知ったエルランジェ公爵家から、左利き用のペンや剣、鋏、そして気が早い双剣まで届いた。

「一応はまだ縁戚えんせきじゃ無いんだけど、爵位継承登録時の父親名はシャルルでするし、ラウルの後ろ盾になる気満々ね」

 贈り物の山を見て、マリアンヌとシャルルは苦笑した。




 天使な野生児が成長して、父親似の美丈夫で母親似の豪傑に育った頃。

 本邸に居る二人より先に婚約者が決まった。

 エルランジェ公爵家のエレオノールである。

 幼い頃に曾祖父や祖父が通うジェルマン侯爵家に付いて来て、ラウルに一目惚れしたのだ。


 曾祖父がラウルの実の祖母の兄に当たるので、血が近過ぎる事も無い。

 元々金の瞳を持つラウルの後ろ盾になる気満々だった公爵家は、エレオノールの恋を応援した。



「面倒臭いから、婚約発表と一緒にティボー伯爵家も継がせちゃう?」

 マリアンヌが招待客のリストを見ながら提案する。

 今のままでは、なぜ平民になる予定のラウルの婚約者が公爵家のエレオノールなのか、と要らぬ憶測を呼びそうだった。


「成人前でもしっかりした後見が居れば問題無いし、成人するまで領地経営は今まで通りジュベル伯爵家が担ってくれるんだろう?」

「ジュベル伯爵領地とくっついてますからね。それに、国からも管理補助する人が派遣されてますし」

 ジェルマン侯爵が持っている名前だけのコシェ伯爵位と違い、ティボー伯爵位には領地が在る。


「嬉々としてエルランジェ公爵家からランドスチュワードが派遣されそうだな」

「そうなったら、もう全てお任せしましょう」

 マリアンヌは良い笑顔で笑った。



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