第28話:雇用面談




 応接室のソファに足を組んで偉そうに座り、マリアンヌは待っていた。

 メイドが呼びに行ったシモーヌの事を、である。


「来なかったら、シモーヌごとメイドを叩き出しましょう」

 デボラが腕まくりをする真似をする。

 チェンバーメイド服は腕まくりが出来ないように、袖部分が細くなっている為である。

 洗濯や皿洗いが専門のメイドは、また服のデザインが違うので、逆に袖をまくったら留められるようになっていたりする。


「来なかったら後が怖いって解ってるから、絶対に来るでしょうけどね」

 クロエが言うのとほぼ同時に、応接室の扉がノックされた。

 返事をせずに、モニクが扉を開ける。


「だ、大至急来いって……ハァ、言われたんだけど……ハァ」

 息も絶え絶えのシモーヌが、同じく息の荒いメイド三人と立っていた。




「なんかね、貴女の所の子達がね、うちに金を払えとか言うのよ」

 マリアンヌの説明に、シモーヌは自分のメイド三人を睨む。

 ソファに向かい合わせに座っているマリアンヌとシモーヌだが、その態度は全然違った。


 マリアンヌは深く座り、足を組んで背もたれに寄り掛かっている。

 対してシモーヌは浅く座り、背筋を伸ばして行儀良く座っていた。

 お互いのメイドが三人、ソファの後ろに立っているのは同じであるが、マリアンヌ側が猛獣だとすると、シモーヌ側は蛇に睨まれた蛙である。



「おかしいわよね。契約書も交わしてないのよ?」

「申し訳ありません」

 膝の上で手を握りしめ、シモーヌは俯いたまま謝る。

 今まで好き勝手してきたツケが回ってきていた。


 なあなあで払われてきたメイドの給金は、契約書が無いので止められてしまった。

 かといって新しく雇い入れてもらえるはずもなく、完全にシモーヌの私費で雇わなくてはならないのだ。


「でも、私も鬼では無いので、をあげます」

 マリアンヌの台詞にシモーヌが顔を上げると、とても良い笑顔のマリアンヌと目が合った。


「そちらのメイドが三人、そして主人の第二夫人。こちらのメイドも三人、そして主人の私。タイマン勝負よ!先に3勝した方が勝ち」

 拳を上に突き上げるマリアンヌに、後ろの三人は苦笑し、前の四人は困惑した。




「申し訳ありませんでした」

 今、マリアンヌの前には土下座している四人が居た。

 その四人とは勿論、シモーヌとそのチェンバーメイド三人だ。


 タイマン勝負の意味を説明し、武器の使用禁止の「ステゴロのタイマンだから大丈夫!」とマリアンヌが言ったところで、四人が入り口付近まで下がり、いきなり土下座したのだ。

「無理です。そこまでして雇っていただかなくて良いです」

 別邸まで来てわめいていたメイドが、絨毯に額を擦りつけている。


「え?でも、態々こちらの都合も無視して、別邸に押し掛けて来てまで雇って欲しいのでしょう?メイド長も執事も通さず、女主人に直談判するほどの覚悟なのよね?」

 そこまで言われてやっと、シモーヌと三人のメイドは自分達の行動の愚かさに気付いた。



 ゴセック子爵家には、それほど使用人もおらず、メイド長も日々の仕事の指示はするが、実質仕切っていたのは子爵夫人だった。

 お願いや交渉は、直接子爵夫人にするのが当り前だった。

 主人と使用人の距離が近かったのだ。


 ここは、侯爵家のタウンハウスである。

 下位貴族の屋敷に勤めていた時と同じ感覚で良いはずがなかった。

 愚かにもその事に今まで思い至らなかったのは、やはり何の教育も受けずにシモーヌが第二夫人になってしまったからだろう。



「これからは、身の程をわきまえなさい」

 大きく溜め息を吐き出してから、マリアンヌは告げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る