第10話


 翌朝、中1日で小川は出勤した。もう一人いる24時間警備員の北野が休みだったので。

 ボイラー室で、警備服風作業着に着替えてくると、フロントに突っ立っている福山に行った。

「福ちゃん、”ところてん”って知っている」

「つるつるーって食べるやつ」

「そうじゃなくてよぉ、アナルにちんぽを挿入して、その先っぽで、前立腺のそばにある精嚢をつくと、勃起していないのに、精液が出てくるんだよ。たーらたらと。ずーっとだぜ。その間中行きまくっているんだから、すげーオルガスムスだよ。普通の10倍だよ。もう、トランスしちゃってさぁ、プレイ中にインストールされたものが脳裏に焼き付いている」

「何が焼き付いたんだよ」

「まあ、「ロボコップ」のシーンだけれどもな。ロボコップが廃工場で鉄骨の下敷きになるシーン」

「お前、俺の貸してやった2万円で、そんなところに行っていたのかよ」

「今度、福ちゃんにも案内してやるよ」

「嫌だね。俺はそんな変態じゃない」

「やっぱ自衛隊は固いなぁ」


 ここまで話したところで、ラウンジの向こうから、ハイヒールの踵を鳴らして石松が登場した。

「おはようございます」と目を合わせてにっこりと微笑する。

(なんだなんだ、今日は無視しないのか)

 石松はキッチンコーナーでコーヒーを入れると、管理室のスチールデスクにおいた。

「コーヒー入りましたよー」

 と呼ばれるので、福山と言ってみる。

「全く梅雨でムシムシして嫌ですね」ずずずずーっとコーヒーをすする。

(何で無視しないんだろう。どうせお別れだからだろうか。主任管理員と石松だけ採用されて警備員はお払い箱かなあ)

「管理会社が変わる件だけれども、蛯原さん、なんか言ってた?」と聞いてみる。

「あー、それだったら何か動きがあったみたいですよ。さっき更衣室に入って行ったからすぐに来ますよ」

 言う前もなく、Yシャツのボタンを2つ3つ外してネクタイをぶら下げた蛯原が登場した。

「蛯原さん、管理会社の件、決まったの?」

「決まったよ。昨日言った通り四菱地所コミュニティが後釜に座るらしい」

「そんで俺らの扱いは?」と福山。

「今度の水曜日に、サンシャインシティ会議室で会社説明会があるんだって。まずそれに参加して、希望者は面接だってさ。でも、基本、パートなら雇ってくれるらしいぞ」

「ずるいよな。自分で一からやるのが面倒くさいからって俺らを雇うのは」と福山。

「何言ってんだよ、福ちゃん。今いる土方の警備会社に比べたら西武系の警備会社なんて雲の上の存在だぞ。たとえパートでも採用されれば、もしかして行く行くは正社員という事だってあり得るだろう。特に福ちゃんなんて元自衛官なんだから」

「小ちゃんはどうするの?」と福山が降ってきた。

「俺かぁ。俺は分からないな」

 言うと、小川はふらふらと、正面玄関側のドアの方に歩いて行った。

「あれ、どこ行くの?」

「辞めるかも知れないから、見納めに一回りしてくるわ」

 言うと小川は鉄扉を開けて出て行った。


 駐車場奥の裏エントランスに通じる通路を行くと、足場の前に行った。

 カラーコーンとトラ柄のバーの前から見上げる。

 上の方で微かに揺れている様に見える。

(やるっきゃねーな)

 小川は、カラーコーンを蹴飛ばした。トラ柄のバーが外れて転がった。

 小川は肩をいからせてパイプに掴みかかると、揺らしだした。

 カンカンと鉄パイプがぶつかる音がして、上の方で、揺れている。

 しかしジョイント部が固くて、崩れる気配はない。

 更に揺らしても、揺れは大きくなるものの崩れない。

 小川は踏み台の1段目に飛び乗ってしがみつくと、オラウータンの様に揺さぶった。

 足場が、組立ったまま、ギーーーーっという音と共に、こちら側に傾いできた。

 ガッシャーんという轟音と共に完全に倒壊する。

 1段目の踏み台の縁が小川の胸部に食い込んだ。

「うぅぅぅぅー」唸ると白い泡を吹いた。

 肋骨が折れて肺を潰しているようだ。

 息が詰まってすぐに意識が薄らいできた。

(ロボコップみたいに鉄骨の下敷きになるのとはちょっと違ったな)それが最後に小川の脳に浮かんだ観念だった。そのままブラックアウトして意識を失った。

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