第2話

【本編スタート】


 小川が警備員をやっている池袋のマンションは、24時間友人管理だのコンシェルジュが居るだのと、マンション管理のクオリティの高さを売りにしていたが、中身的には、去年竣工したばかりで、管理会社は施主の子会社(本通リビング)の更に下請けの清掃会社に丸投げされていて、管理員もコンシェルジュも、その清掃会社がかき集めてきたパートにすぎなかった。


 小川ら24時間警備員も、マンションの新築工事の時に交通誘導警備をやっていた人間が、そのままスライドしてきてマンション警備員になっただけで、施設警備に関しては全くの素人で、火災報知器の消し方も防犯カメラのデータの巻き戻し方も知らなかった。

 ただ、下請けの清掃会社に言われた通り、定時巡回をする程度だった。

 もっとも、夜中の2時、丑三つ時に、自走式駐車場の壁面緑化の為に、駐車場の壁面のU字溝に仕込まれている砂漠でも枯れない草、が入ったビニール袋につながったビニールチューブ、に水を流す為に、駐車場一階の水道の元栓を開けに行かなければならないという面倒な作業もあったのだが。


 しかし、このバカバカしい水やりも、居住者の車は濡らすわ手間ばかりかかるわで、撤去する事になっていて、昨日もその足場を業者が来て組んで行ったのだった。しかし、安普請の足場の為か、すぐに一回崩れて、再度組み直したものの、今は、赤いカラーコーンとトラ柄のバーで、立ち入り禁止になっていた。

 今宵も、小川が、このバカバカしい水やりが終わって、管理室に戻ってくると、時刻は3時だった。キンコンと管理室内のアイホンのチャイムが鳴った。防犯カメラのモニタを見ると、新聞屋だった。モニタの隣にある盤の中にあるスイッチを押して正面玄関の自動ドアを開けて入れてやる。新聞屋は朝日、読売、産経、毎日と4人通さなければならなかった。


 新聞屋を通してしまうと、やっと人心地ついた感じで、小川は管理員室の真ん中に置いてあるデスクの椅子に座ると、がーっとのびをした。

(これで朝までは何もないだろう)

 考えてみると、深夜の管理員室はまったりする。

 家電量販店並の明るさ。右手に玄関ポーチに続く鉄扉、左手にカウンターに続く鉄扉がある。正面に監視カメラのモニタや防災盤があって、そっち側からファンの音が響いてくる。後ろにはNTTの盤が並んでいる。右側にホワイトボードがあって1ケ月分のスケジュールが書かれている。左奥がキッチンになっていて、冷蔵庫だの電子レンジだのがあるのだが、パーテーションで隠されていて見えない。

 デスクの上にはネットの使えるPCが1台あった。

 小川は、加熱式たばこをふかしながらyoutubeで「ゆず」などを再生した。

(まったりするわー)

 突然「キンコン、キンコン、キンコーン」とアイホンのチャイムが鳴り響いた。

 監視カメラのモニタで見ると誰かがエントランスの自動ドアに寄りかかっている。

 フロント側から出て行って、自動ドアの内側に立つと、ドアが開いた。

「いやー、酔っぱらっちゃって、鍵をどっかにやっちゃったんだよ。ナルソックを呼んでくんない? マスターキーみたいなの、持ってないの?」スーツを着た酔っ払いが酒臭い息を吹きかけてきた。

「管理室の壁にナルソックしか開けられないキーボックスが埋め込んであるんですよ」

「それはお前らは開けられないの?」

「そりゃあ、ホームセキュリティーの契約をしているのは、居住者様とナルソックですから」

「じゃあ、お前はなんだよ。ただのカカシか。カラスでも追っ払う」

「でも、ナルソックだって、管理室に入るには私らが付いていないと駄目なんですけどね」

「なに言っていやがんだ。いいから早くナルソック呼べ」

 言うと、フロントのカウンターにもたれかかってタバコを吸いだした。


 10分でナルソックが到着すると、免許証で本人確認を行う。

 小川はナルソックを管理室に入れてやった。

 ナルソック隊員は、ホワイトボードの後ろの壁に埋め込まれたキーボックスの前に行くと、磁気カードをかざした。ブーっと音がして、赤いランプが点滅する。素早くキーボックスの扉を開けて、鍵を取り出すと、扉を閉める。もう一回ブーっと音がして、ガシャンと扉が施錠される音がした。

 ナルソック隊員と酔っ払いサラリーマンを、二重オートロックの2つめを通してやる。

「すみませんねえ、酔っぱらっちゃって」と、酔っ払いも、ナルソックには全然態度が違っていた。


 ほんの10分でナルソックが帰ってきた。

「あの居住者、鍵、持ってましたよ」

「あ、そう。じゃあ、眠いからさっさと帰って」

「ちょっとすみません、作業がありますんで」と言うとナルソック隊員は、なにやら作業を開始した。

 使用した合鍵の先端部をビニールで覆い、その上を10桁の数字の書かれたシールで封印し、シールの半券を封印台帳に貼り付けてアタッシュケースにしまう。封印された合鍵は、再度キーボックスを磁気カードで開けると、そこにしまう。

 そういう作業の間にも、例えばアタッシュケースを開ける為に腰に付いているキーホルダーに手を伸ばすなど、隊員が体をよじっただけで、防弾チョッキの様なダウンベストにぶら下がっている特殊警棒だの無線機だのががさがさ音を立てるのだが、(あれは何か「ロボコップ」のオムニ社の隊員の様で、クールじゃないか)。

 小川も紺の上下の制服を着ているが、どっちかというと菜っ葉服っぽい。

 小川の眼差しは羨望の眼差しに変わっていた。

「お前なんてどうせナルソックの正社員じゃないんだろ」と小川は言った。

「そりゃあ、雇用形態は色々ありますけれども、ナルソックの隊員です」

「どうせどっかのアパートで待機していて連絡があると出向いてくるんだろう。つーか、俺の事、キーボックスも開けられないパートだと思ってバカにしてない?」

「していませんよぉ」

「しているよ。ぜってー。見下している」

 などというどうでもいいやりとりがあって、ナルソック隊員は引き上げて行った。

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