第8話 デザート

 私が立ち止まったので、街道脇を並んで歩く吸血鬼も立ち止まる。なんでわくわくしてる様な顔で見てるの、こいつ。


「あのね。さっきから何なの? 血を味見させてあげるっていう約束は果たしたでしょ? もう暗いから家に帰りなさいよ」


 見た目は十七歳の自分よりも上に見えるけど、いかんせんこの喋り方の所為で幼く見えてしまい、つい子供に対する口調になってしまった。


 完全に子供扱いされているにも関わらず、男は私が喋ったのが余程嬉しかったらしい。満面の笑みに変わると、一歩分街道に近付いてきた。そして、ちょっと眉を顰めて半歩分引く。やっぱり、亜人避けが駄目なんじゃない。これは多分、失念してたな。私はそう推測した。喋り方だけでなく、多分中身もアホだ。

 

 男は、拳を握り締めて何かを言い始めた。


「家には、帰らないって決めたんだ!」

「は……?」


 何言ってんの。思い切り顔を顰めたけど、男はにっこにこのまま続ける。


「あいつら、勉強しろマナーを学べってもうほーんとうるさくてよ! しかも落ち着かないのは所帯がない所為だとか言って次から次へと女と見合いをさせやがってさ!」


 これは、まさか。


 だけど、何だってヒトの私が亜人のお家事情みたいな愚痴を聞かされているんだろう。


 吸血鬼の愚痴は止まらない。


「なんで相手が歳上ばっかりなんだよ! 俺はかーわいい年下が好みだって言ってんのにさ、『歳上女房じゃないとあなたの手綱は握れません』とか言っちゃってよ!」


 つまり、吸血鬼という種族がアホな訳ではなく、コイツがアホなだけか。理解。


「……つまり、家出したと」


 私がそう聞くと、男は拍手しながら大きく頷いた。しかし明るい。亜人ってこんなだったんだ。私の中の、恐ろしくてヒトを食糧として虎視眈々と狙う化け物というイメージが、ガラガラと崩れていく。


「そうだ! ヒト、お前凄いな、よく分かったな!」


 分かるわ。心の中でツッコミを入れたけど、本人があまりにもキラキラとした目で私を見ているので、声に出すのは控えた。


「なあ、お前も家出したんだろ?」

「……」

「お前さ、すっげーいい匂いだし美味そうだし、何か目的があって旅してるんなら、俺が守ってやらんでもないぞ!」


 そしてどうして上から目線なのか。


 というか、これで分かった。コイツは、家出したはいいけど目的がないんだ。そこでたまたま出会った、美味しそうな匂いをさせているヒトである私。何か手伝ったら見返りに美味しい血が欲しいな、そんなところかな。


「時折デザートをくれれば俺が全力で守ってやるから! な!?」


 人のことをデザート呼ばわり。うら若き乙女に対して、デザート。完全に食べ物扱い。


 なんとなく、なんでこいつの周りの吸血鬼がこいつをさっさと結婚させようとしているのか、理解出来た気がした。


 デリカシーゼロ。思いやりゼロ。自己中心的で欲望の赴くままに行動しちゃう子供なんだろう。


「……提案はありがたいけど、このまま街道を進むから結構よ」


 人の血をもらう気満々の奴と一緒に旅なんてしてみろ。心休まる時なんて絶対に訪れない。寝たら首に牙が刺さってましたなんて、冗談じゃなかった。


「えー? でも……」


 男が、首を傾げる。よく分からない反応だけど、もう相手にしないことにする。きりがない。


「とにかく、間に合ってますから」


 ツンと澄まして前に向き直ると、再び歩を進めた。


「……ちえっ」


 可愛らしく言っても、無駄。ちょっと横目で超絶美形のいじけ顔がどんなのか拝みたいと思ったけど、必死で欲求を抑える。


 それからは、無言でひたすら前へと進んだ。一体いつまでついてくる気なの、なんて思いながら、この先の地理を大まかに頭の中に思い浮かべる。次のヒトの街へは、このまま真っ直ぐ行けばいいんだっけ。


 一般市民を外に出させない為、詳しい地図は公開されていない。だから、私の知識はあくまでふわっとした噂に基づくものだった。


 でも、家出ばバレると面倒臭い。下手をするとスタート地点に連れ戻される可能性もあった。だったらヒトの街へは寄らないで、このまま進むべきか。


 そんなことを考えながら、足許を見つめていたら。


「……え?」


 街道の土が、急に途切れて先には草原が広がってる。


 目を凝らして先の方を見ても、道が続いている様には見えない。何これ、どういうこと?


 すると、目の前に大きな影がひょっこりと現れる。


 吸血鬼の男が、私を見下ろしながらニカッと笑っていた。


「ヒトの作った道、ここまでだぞ? 知らなかったのか?」

「う……」


 道理で、さっき「でも」とか言ってたのか。こいつはこれを分かった上で、私の後をついてきてたんだ。


「俺、強いよ?」


 黄金色の瞳を楽しそうに輝かせながら、男が笑った。

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