第四章 ルシアのルーツ

第35話 全知の部屋

『ようこそ、全知の部屋へ。メイドのエフです。本館に収納されている書物の内容全てを記憶しております。ご質問をどうぞ』


「書物を読むことも出来るのかしら?」


『はい、可能ですが、文字が読めないかと思います』


「前から不思議だったのだけれど、なぜメイド達と言葉が通じるのかしら?」


『ルシア様の脳の言語中枢をお借りしてコミュニケーションしているからです』


「よく分からないけど、それは今はいいか。早速だけど、私の両親のことを教えて頂戴」


ルシアは直球ど真ん中の質問から始めた。


『ご両親のお名前をお伺いできますでしょうか』


「え? わからないから聞いているのだけど?」


『申し訳ございません。私は書物に書かれていることしかお答えできないのです。名前がわからないとお答えできません』


意を決した質問が空振りしてしまい、ルシアは力が抜けてしまった。ライルはルシアを後ろから支えて、別の質問から始めてみた。


「世界に存在する七つのダンジョンを建築した目的を教えて欲しい」


『ラジム世界政府資料から抜粋してお答えします。目的は種の存続です。ラジム暦2040年ごろに奇病が発生しました。その病気は男女の性行為を介して伝染します。女性には何の症状も出ませんが、男性に感染した場合は漏れなく一週間以内に死亡する恐ろしい病気です』


エフの話は以下の通りだ


今から何年前なのかは分からないが、我々が古代人と呼ぶ種族に死病が蔓延したようだ。


そのため、性行為がほとんど行われなくなり、また、必ず母子感染してしまうため、男児は生きて産まれて来なくなってしまった。その結果、出生率と男性の数がどんどん下がって行き、古代人は種族滅亡の危機に陥ってしまった。


古代人は高度な文明を誇っていたが、この死病については、感染の有無の検査方法も分からず、潜伏期間も分からなかったため、処女であっても感染している場合があり、性交後の男性の生死でしか感染の有無を判断出来なかった。


そんな状況下で、命がけで契りを結んだ未感染の夫婦たちが少しずつ生まれ、古代人はそんな彼らに未来を託そうとした。


だが、いつの時代にも身勝手な愚か者は存在する。犯罪組織が手当たり次第に男をさらい、子を欲する女性たちとの性行為を無理矢理強要し、遂には感染させて死亡させてしまう事件が多発した。


それに対し、世界政府はすぐに対策を講じた。ダンジョンを作り、生き残っている男性全てと、その妻とを地中深く隔離して、保護したのである。


最初にイグアスのダンジョンが建設され、隔離者たちはキューブルームでの生活を開始した。その後はレストラン、その次に生活用品、その次に閉塞感を解消させるため、当時未開の地だったテンタウルス星との往来を可能とした。


だが、ここで問題が発生した。ほとんど全ての隔離者がテンタウルス星に行ったまま、帰って来なかったのである。政府は慌ててテンタウルス星への渡航を禁止したが、手遅れであった。


なぜテンタウルス星から帰らなかったかの説明はエフからはなかった。理由は後で質問することにして、本筋部分の説明を続けてもらった。


その結果、ダンジョンに残ったのは、たった二組の夫婦だった。ところがまたもや問題が発生した。二組とも子供に恵まれなかったのである。


古代人の医療技術はかなり進歩していたが、不妊治療については倫理的な理由で研究が禁止されていた。そのため、不妊の理由がわからず、政府は残った男性二人に懇願した。政府が用意した女性と順番に子作りをして欲しいと。


そこで悲劇がおきた。一組の夫婦が無理心中してしまったのだ。そして、残った夫婦の方の夫は、政府の願いに応えて、用意された女性との子作りを続けたが、5人目の女性が感染者だったため、命を落としてしまった。


こうして、生殖能力のある男性は一人もいなくなってしまったのだが、命をかけた行為は報われず、子作りした四人にはいずれも妊娠の兆候は見られなかった。


その後、残された妻と未感染が証明されている四人の女性を何とか未来に送り届けたいと考えた政府は、「時空の部屋」と「誕生の部屋」を完成させ、「誕生の部屋」に女性五人を収容し、時間の流れを止めた。


『そして、政府は地下98階のボスが倒されたら、再び『誕生の部屋』の時が流れるように設定をして、ダンジョンから撤退しました』


エフの説明は終わったようだ。


ライルはエフに質問をした。


「なぜ五人を未来に送ろうとしたのだろう?」


『テンタウルス星に行った人たち、あるいはその子孫が帰ってきたときに、彼らとの間に子を成すためです』


「彼らはなぜ帰って来なかったんだ?」


『テンタウルス星に渡った人たちは、万一の感染を恐れて、帰国を我慢したのだと思われます』


「そうか。元の世界の人々が全員死滅してから戻ろうと思ったのか」


『はい、政府はそう読んで、確実に感染していない女性五人を未来に送り、自分たちの滅亡から切り離したのです』


どうやら今の俺たちは、テンタウルス星から戻って来た人たちの子孫らしい。


ナイアガラの地下98階のボスを倒したのはちょうど20年前だ。


「ルシア、お母さんは五人のうちの一人だと思う。まずは『誕生の部屋』に行ってみよう」


「うん」


六人は「誕生の部屋」に接続するため、ワールドパスポートに向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る