CHAPTER16「邂逅の理由-mother-」
《親を親たらしめるのは血ではなく、
愛と献身である。》
アルフレッドは
受けている間、深い眠りに落ちていた──。
虹色に光る《アストリアル》の空の下、
アルフレッドが目覚めたのは
生まれ育ったミドルガーデンの自宅だった。
食器棚や、テレビの位置。カーテンの色に至るまで、
全てあの時のままだった。
「でも、なんで……?」
アルフレッドが疑問に思っていると、背後
から誰かの声が聞こえる。
「アル──。」
アルフレッドは振り向いた。
その呼び方で……優しいその声で彼を呼ぶのは、たった一人しかいない。
この世で一番大切な、もう逢うことは叶わない……。
「……母さん?」
母、アデラは花柄のブラウスにピンクの
カーディガンを羽織っていた。
彼女の目には涙が浮かんでいたが、
我が子に涙は見せまいと微笑みを見せた。
アルフレッドは、嗚咽を飲み込む。
「アル、逢いたかったわ。」
「母さん……本当に、母さんなんだね?!」
考えるよりも先に身体が動いていた──。
同じ頃、アップルシティにある
《ハート•タワー》では、グラハムの秘書である
エリオット•ケインが降りしきる雨の中、
傘もささずに一組の夫婦を待っていた。
財団にとって、なくてはならない資金提供者を
出迎えるのが、
今、彼がすべき
だが、待ち合わせの相手は約束の時間を
忘れるのが
既に三時間も彼の貴重な時間を奪っていた。
淡いブルーのワイシャツに、グレーのベスト、
黒いジャケットが雨に濡れている。
すると、一台のリムジンがやってきた。
エリオットの前で車が止まると、足早に
運転手がドアの前まで走った。
運転手が恭しく、ゆっくりとドアを開けると
中から一人の貴婦人が夫と思しき男性と
共に降りてきた。
貴婦人は、ひまわりを思わせる黄色い
ドレスに身を包み、
真珠の首飾りを胸元に光らせている。
わずかに顎を上げ、周囲を見回す
その仕草には
誰もが振り返るような気品が漂っていた。
「お足元の悪い中お越し下さいまして
恐悦至極に存じます、アリソン夫人。」
エリオットは深く頭を下げた。
アリソン夫人はエリオットを一瞥して、
惨めそうにこう言った。
「あなた……いつ見てもみすぼらしい格好ね。
「……恐縮です。」
エリオットは、作り笑顔でその場をやり過ごした。
「──もっとも、
アリソン夫人は吐き捨てるように、
言い放つ。
エリオットは、アリソン夫人の傍で
縮こまっている夫に視線を投げた。
やせ細った身体の彼は赤茶けた髪を一つに縛り、
黒縁の眼鏡をかけ、青地に赤のチェック柄の
シャツを着て、ジーンズのジャケットを
羽織っていた。
優雅なアリソン夫人とは対照的な、
くたびれた夫の姿にエリオットは、心の中で毒づく。
(……一理あるかもな。)
彼は二人をタワーの中へ案内する。
「母さん、なんでここにいるの?……
それに、ここはどこ?」
「アルフレッド、この
人々の精神や夢、記憶といった
《過ぎ去った想い》が集まって出来た場所なの。」
アルフレッドは、母の言葉を一言一句
聞き漏らさないように、
静かに耳を傾けていた。
(母さん……母さんが僕のそばにいる。)
目の前にいる母親が、現実か幻か……。
そんな事は今のアルフレッドにとって、
取るに足らない事だった。
ただ、母親と再び会えた幸せを──彼は
噛み締める。
一方、《ハート•タワー》のオフィス。
グラハムが黒革張りの椅子に腰掛けて、
アリソン夫人らの到着を待っていた。
そして扉がゆっくりと開く。夫人が
先んじて入ってきた。
「ご無沙汰しております、夫人。」
夫人は堂々とした足取りで近づくと、
相手の頬に軽く顔を寄せ、
空気を切るように「チュッ」と音を立てた。
夫人は優雅な笑みを浮かべて手を軽く振る。
その仕草には洗練された社交界の雰囲気があったが──
目の奥には、相手を値踏みするような冷たい光が宿っていた。
夫が直ぐさま椅子を引き、
夫人はグラハムと向き合う形で
「お足元の悪い中──」
「それはあなたの
申しておりました。
早く本題に入りなさい。」
(このババア、前から気に食わねぇんだよなぁ。
金が絡んでなけりゃ、さっさと殺してるんだが……。それに──)
「これは一本取られましたな。
本日足をお運び頂いたのは、夫人に一つ
お願いがございましてね。」
「あら、あなたの会社にはこれまで何億ペイドルもの
大金をつぎ込んできたわ。……これ以上、
何をしろと仰るの?」
夫人は嫌味たっぷりにそう言った。
「貴方には我が財団が組織する防衛チーム
《ステイツメンズ》の管理、運営をお願いしたいのです。」
「防衛チーム?
グラハムは苦笑した。
「彼らの管理はC,A,M《能力者統制委員会》の役目──
我々とは違います。
それに彼らの
……そういえば、対策課にはあなたの
娘さんがいらっしゃいましたね?」
グラハムがそれを口にした途端、夫の身体が
子犬のように、小刻みに震える。
夫人は、鼻を鳴らして言い放った。
「ふん、|
「失礼。ではこの話は──。」
「お受け致します。……あの娘に会えるのが楽しみですわ。」
「ごきげんよう。」と言い残し、去っていった夫人は
笑みを浮かべていたが、その瞳は炎のように燃えていた。
《アストリアル》では、アルフレッドが
これまでしてきたこと、出会ってきた人々の話を、
母に話していた。
母はその話を、涙したり、笑ったりしながら聞いている。
アルフレッドは、ふと、自分の《能力者登録証》の
家族欄に記されていた、母の名前の事を
思い出した。
「ねえ、母さ──」
アルフレッドが口を開いた刹那、母の瞳
から涙が零れた。
「その話をする時が……しなければならない時が来たのね。」
母にはアルフレッドの考えている事が手に取るように分かっていた。
「アルフレッド、よく聞いてね。」
母はアルフレッドに
「貴方と私は……貴方と私は……」
母は、アデラには次の言葉を言う決心が
つかないでいた。
深く息をつき、覚悟を決めたように目を伏せる。
「貴方と私は……本当の親子ではないの──。」
アルフレッドは一瞬、母の言葉が理解出来なかった。
「母さん、何を言ってるの……?」
アデラは涙をこらえ、続けた。
「言葉の通りよ、アルフレッド。
私はそれを伝えに、ここへ来たの。
あなたが生まれるよりずっと前から私は
貴方の父親、ジョージ・ライサンダー博士
と共に《ナルトゥア》という
地下世界の探索をしていたのよ。
そして……」
「──僕を見つけた?」
母は、頷いた。
「《アヴィの森》という、広大な森の奥深くにある洞窟の中でね。
私が見つけた時、貴方は泣いていたわ。
まるで《生きたい》と懇願するように……。」
アルフレッドは、過去を語る母をただ、
見つめていた。
そして、母の肩に優しく手を添える。
「……母さん、話してくれてありがとう。」
彼は母を抱きしめる。
やがて、彼女の身体が光の泡となって
消え始める。
「もう……時間切れみたいね。」
母は悲しげな表情を浮かべた。
アルフレッドは母が消えるのを止めるように、強く抱き締めた。
「母さん……母さん……!」
アルフレッドは、とめどなく溢れる涙を
止めようとはしなかった。
「母さん……母さんの分まで、生きるよ!
そして必ずアップルシティを守ってみせる!」
消えゆく母に向かって叫ぶアルフレッドの
身体はやがて、光に包まれていった。
アルフレッドが目覚めると、元のV,A,R,T,C《バートック》の
メンテナンス室だった。
「ああ、ライサンダー君。目が覚めたんだね?」
V,A,R,T,C研究員のダニエル•ハッチソンが入室し、
アルフレッドに労いの言葉をかけた。
「はい、ありがとうございました。」
アルフレッドは、着替えをしながら礼を言う。
V,A,R,T,Cを出た彼の表情は、とても晴れやかだった。
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