第4話『マル、出汁!デジルじゃないよ、ダシと読むんだよ』
仕事の終了時間が今日は速く来てほしかった。
まさか、面接の席であんな事があるなんて・・・
俺のリストラへの扉が一歩近づいてしまった。
終業時間までの業務を無難にこなし、今日俺は定時で帰る事にした。
定時で帰るなんて久しぶりだ。
いったい何年ぶりだろうか?
帰りの電車はいつもと違って活気がある。
あれ?
隣りの車両に乗ってるのって香澄ちゃん?
この路線の沿線に住んでるんだな。
今日は振り回されて大変だったよ。
縁があればまた何処かで会うかもな・・・
さぁ下車駅だ。
俺は人の波に押されホームを流されて行く。
香澄ちゃんはもう見えなくなってしまった。
駅のホームをトボトボと出て俺はユナが待っている2LDKの部屋へと向かった。
古いマンションのエントランスへ入ったところで誰かに手を繋がれ俺はビックリした。
「えへへへ、来ちゃた」
ソコにはさっき駅で別れたはずの香澄ちゃんが居た。
「『来ちゃた』って・・・」
「ねぇ~、今日家に泊めて!」
始めて女の子に『家に泊めて』って言われてなんだか俺ドキドキしてきた。
でも・・・
部屋にはユナが居る。
絶対に「キモッ!」とか言われてひかれるな。
それになんで彼女がこんな事をするんだ?
きっとコレはハニートラップに違いない。
「そんな事しても我が社に入れる訳ないだろ。今日は帰ってくれ!」
彼女は真剣な顔つきでジッと俺を見つめた。
俺は美人に見られ慣れてないから、なんだか恥ずかしくなって彼女の顔を見る事が出来なかった。
そんな真剣な顔つきの彼女の目から大粒の涙がこぼれた。
「だって、帰る場所なんて無いもん!うち自己破産して家も売りに出されて・・・ まるでお笑いコンビ麒麟の田村みたいに『解散』って言われて・・・」
彼女は子供の様にその場で泣きじゃくり始めた。
エントランスを通る人からは俺が彼女を泣かしているみたいに見られる。
俺は覚悟を決めて彼女を部屋にあげる事にした。
「俺の部屋には変なモノが置いてあるがそんな部屋でも良いなら泊まっていけ」
「ありがとう、お兄ちゃん。暫くお世話になるね」
香澄ちゃんはニコッとしてヤッターというポーズをした。
俺は恐る恐る香澄ちゃんを部屋に通した。
俺の2LDKの部屋は玄関入って正面がリビングだ。
ユナは寝室の俺のベッドの脇に立たせている。
リビングと寝室を隔てる扉が閉まっていて俺はホッとした。
リビングのソファーに香澄ちゃんを座らせてテーブルにコーヒーを置いた。
俺は恥ずかしくて香澄みゃんを見つめる事が中々できない。
だからあえて強がって見せることにした。
「香澄ちゃんに会うのは15年ぶりだね。初めて会った時は下半身丸出しで、近所のオバサンが俺を見て犯罪者と思ってたよ。香澄ちゃんとはそんな出会いだったから、ココではマルと呼ばれてもらおうかな?」
「えッ、『ちびまる子ちゃん』のマル?」
「違うよ、丸出しのマル」
「ヤダ、絶対にそんな呼ばれ方ヤダ」
「分かった。それじゃモロダシのモロ、さあどっちがいい?」
「どっちって・・・ ウッそれじゃマルで良いです」
「あとねマル、泊めてはあげるけど絶対に俺の寝室は覗かないでね! もし覗いたら部屋をたたき出すから」
「アハハハ、分かったよ。まるで『鶴の恩返し』みたいだね。絶対に覗かないよ」
マルは興味津々な目で俺の寝室をチラチラ見ている。
「俺はマルに何も恩返ししてもらって無いけどね」
「そんな事無いでしょう? こんなカワイイ娘と毎日お話し出来るんだよ。私まだ未成年だし、お兄ちゃんとは血の繋がった兄妹だからエッチは駄目だけどね」
「血の繋がった兄妹って・・・ 意味が違うだろう? それより腹減ってきたから夕飯でもつくって食べるか?」
「うん、私もお腹減った。何を作るの?」
「そうだな~ かなりの量の野菜が冷蔵庫に入ってるから鍋にでもするか?」
「ヤッター、鍋なんて久しぶりだ」
「それじゃ手伝ってくれ。そこの棚から鍋の素とってくれないか?」
「コレ? 昆布デジルってやつ?」
「マル、出汁!デジルじゃなくてダシって読むんだよ」
「そんなの知ってるわよ。お兄ちゃんが言いたそうだから言わせてあげたのよ!」
そう言ったマルの目はおよいでいて明らかに嘘だと言う事が俺でもわかる。
「分かった、わかった。そういう事にしておこう」
「もう〜、何よその上から目線は?」
マルは怒ってジッと俺を下から見上げる。
その視線に俺は照れてしまって何も言えなくなってしまった。
これから先、香澄ちゃんとどんな風に接して行けばいいんだ?
俺の顔、ニヤけていないか心配だ。
了
「マル、出汁!デジルじゃないよ。ダシと読むんだよ。」 アオヤ @aoyashou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます