第38話
屋敷の一室ではたくさんの女性がテキパキと動き、その中心にはコルネリアが立っている。たくさんの布を手に持った女性がコルネリアに話しかける。
「こちらのレースをたっぷりと裾に付けても素敵だと思いますが、いかがでしょうか?」
「そうですわね。うっ」
返事をしようとしたコルネリアのお腹が、ぐっとコルセットで絞められて思わずうめき声が出てしまう。
「コルセットを付けた状態でサイズ図りたいので、王妃様少し失礼いたします」
ぐっぐっ、とコルセットを絞める女性に言われ、コルネリアは苦笑いする。
ネバンテ国と帝国の戦争も終わり、春が訪れようとしていた。もうすぐコルネリアはヴァルターと結婚式を挙げる予定だ。今日は結婚式のドレスを作るため、法国から一流の職人が訪れていた。
法国奪還を手伝ったネバンテ国は、法国と対等な同盟関係を結んでいる。お互いの国境も簡単に行き来できるようになり、法国の職人など優れた人たちがネバンテ国に訪れることが増えた。
「そ、そろそろ休憩してもいいかしら?」
そばに控えているカリンに助けを求めるように言うと、カリンが任せてくださいと胸をたたく。
「王妃様がお疲れのようです。キリが良いところまで終わらせて、残りは明日にしましょう」
カリンの言葉に女性たちが頷き、コルネリアはほっと安堵の息をつく。法国奪還前はコルネリアのことを「奥様」「聖女」「王妃様」とばらばらな名称で呼んでいたネバンテ国の人々は、今では「王妃様」と統一して呼ぶようになった。
「それでは、失礼いたします」
布の入ったバッグを持った女性たちが部屋から出ていくと、コルネリアがソファーに身をゆだねるように座る。さっとテーブルの上に、カリンがすっきりとした香りのハーブティーを置いた。
「ありがとう」
「お疲れですよね。でも、どのドレスも王妃様にお似合いでした」
きゃっきゃと喜ぶカリンに、コルネリアも先ほどのドレスを思い出す。派手過ぎず品の良いデザインが多く、晴れの舞台にふさわしいものばかりだった。
どんなドレスになるんだろう、とわくわくした様子のカリンと話をしていると、トントンとノックの音が響く。
「コルネリア。中に入ってもいいか?」
「どうぞ」
声の主はヴァルターで、部屋に入ってくるとカリンが気を利かせて部屋から出ていく。
「これからどこかへ出かけられますの?」
乗馬服を着たヴァルターにコルネリアが首をかしげて言うと、どこか緊張した様子のヴァルターがコルネリアへ手を差し出す。
「一緒に来てほしい場所があるんだが、いいだろうか?」
「もちろんですわ」
手を取り立ち上がると、コルネリアは着替えるためにカリンを呼ぶ。今着ているドレスは裾が広がり外出には適していないため、女性用の乗馬服に着替える。ヴァルターと遠乗りをするために、少し前に仕立てたものだ。
ちなみに、着替えが始まった途端誰に追い出されるでもなく、ヴァルター自身ですぐに部屋から出て行った。パトリックの件がひと段落し、同じベッドで毎日眠っているが夫婦仲は進展はしていない。
コルネリアからヴァルターに聞いたことはないが、漠然と結婚式が終わった後にそういったことをするのかもしれないな、と考えていた。
「王妃様。できました」
カリンが満足に胸を張る。馬に乗って移動をするなら、と髪の毛は高い位置で一つに結ばれ、装飾品も一粒石のピアスを両耳につけているだけだ。シンプルな白の乗馬服と相まって、いつもの儚げな印象ではなく、清楚だが凛とした雰囲気になっていた。
「ありがとう。それでは、行ってきますわね」
にこっと笑顔を浮かべてコルネリアが部屋から出ると、扉の前に立っていたヴァルターがコルネリアの姿を見て微笑む。
「そういった格好も似合うんだな」
「ありがとうございます」
二人が向かう正面玄関には、馬番がヴァルターの馬を引いて立っていた。彼は二人の姿を見ると頭を下げ、手綱をヴァルターへと手渡す。
「それじゃあ行くか」
ヴァルターはコルネリアを自身の前に乗せると、馬を走らせた。向かった方向は法国がある方向だ。
(――行き先を教えて下さらなかったけれど、どこにいくのかしら?)
ヴァルターの前に座るコルネリアに合わせて、馬のスピードはゆっくりめだ。そのため、目的地に行くまでに多くのネバンテ国の国民たちに会い、彼らは予想外に王と王妃を見ることができて喜んだ。
「王妃様!万歳!」
「気を付けてお出かけしてくださいね!」
口々に声をかけてくれる国民に、照れくさそうにコルネリアが笑いながら手を振った。
帝国からの支配、そして戦争から解放された国民たちは、みんな自国の王と王妃のことを愛していた。
村を抜けても馬は進み、ついには法国との国境沿い近くまで来た。この辺りにネバンテ国の村はなく、林があるだけだ。コルネリアが不思議そうにしていると、ヴァルターは林の中を進み小屋の前で馬を止めた。
「降りようか」
ヴァルターはコルネリアを馬から降ろすと、小屋の近くの木に馬の手綱を結んだ。小屋の周りには木が生い茂り、他には何もないようにコルネリアには見えた。
「こちらの小屋ですか?」
「いや。ここは狩りのシーズンになると利用する小屋だ。俺が小さいころは、つらいことがあるとよくここに来ていたんだ」
ぶるん、とヴァルターに撫でられた馬が気持ちよさそうに鳴く。ヴァルターは「少し待っていてくれ」と馬に言うと、コルネリアの方を向いた。
「見せたかったのはここではなくてな。少しだけ歩こうか」
ヴァルターに手を引かれ小屋から5分ほど歩くと、木々たちが開けて川とコルネリアの見慣れた村が見えた。
「あら。あの村は」
コルネリアが幼少期に聖女の修業を行った村であり、ネバンテ国へ嫁ぐときに通った村でもあった。
「実はな。コルネリア。君に会うのは結婚したときが初めてではないんだ」
「え?」
少し緊張した様子のヴァルターが、村の方を見ながらそう言った。
(――どこかでヴァルター様にお会いしたことがあったかしら?)
すぐにコルネリアが自身の記憶を探るが、全く身に覚えがない。そんな様子が表情に出ており、ヴァルターが声を出して笑う。
「いや。無理もない。俺は何回も君を見たが、話したのは1回だけだからな。昔の話になるが聞いてくれるか?」
こくん、とコルネリアが頷くと、ヴァルターは背負っていた荷物から敷物を出してその場に敷いた。コルネリアを座らせると、自身もその隣に座って口を開く。
「あれは、まだネバンテ国が生まれておらず、メヨ帝国にネバンテ地方の人が苦しんでいた時だった。俺はまだ小さな子供で、親は熱心に謀反を起こす準備をしていて、俺は祖父に預けられていたんだ」
ヴァルターは大切な思い出を話すように、目を細めて話し出した。
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