第32話

 雨が降り続いて20日目。


 川から水が溢れ、多くの家屋に水が入り込み住める状態ではなくなっていた。高地にある王宮は水の被害がないものの、国民たちは住む家を失っていた。


 飲み水も泥や汚物が混ざり込み、病人が一気に増えた。動ける人は皆、王宮を目指して歩く。


「開けてくれ!助けてくれ!」


 王宮に続く扉の前に、たくさんの人々が立っている。どんどん、とドアを叩くが、扉は開くことはない。


「中に入れて!限界なの!」


 寒さに震えながら女性が叫ぶ。ぐっしょりと濡れた服に体温を奪われ、その場に倒れてしまう人もいる。


 女神に愛され、災害や病気から守られていた国。国民たちも優雅に生き、街には活気があふれていた。首都はこの世界での文化の発信地となっていた。


 今では全てが過去の栄光だった。たった20日で全てが崩れ、国民たちは自身の過ちに気がついた。


「ああ。女神様。どうかお許しください」


 どんどん、と扉をたたき続ける人の中で、両手を合わせて天に祈りを捧げる人もいた。しかし、天は何も答えず、雨が降り続くだけだった。



 





「パトリック様。あーん」


 マリアンネが赤い果物を指でつまみ、パトリックの口に入れる。指先が果汁で赤く染まり、床へ果汁が滴り落ちる。


「ネバンテ国から使者が帰ってきませんわね」


 指先を布で拭いながら、マリアンネが不満げに唇をとがらせる。


「雨で帰りが遅くなっているんだろう。コルネリアも一緒に帰ってきているから、馬車だろうしな」


 まさかヴァルターとコルネリアが断ると思っていない二人は、呑気にコルネリアが帰ってくるのを待っていた。


 部屋の中は暖炉によって暖かく、美味しい果物を楽しんでいる。国の運営については、ほとんど宰相に丸投げしていたため国の様子を分かってはいなかった。


「パトリック様!火事です!」


 ゆったりくつろぐ二人のもとに、慌てた様子の男性が叫びながら近寄る。


「何をそんなに慌てている?ここまで火は届かないんだろう」


「それが!燃えたのは王宮の食料庫なんです!」


「なんだと?なぜ雨なのに燃えるんだ!」


「雷が落ちたと聞きましたが、私にもわかりません。もうあと数日分しか食料がありません!」


 悲鳴混じりの声に、パトリックは呆然と立ち尽くす。しばらくぼうっとした後で、首を振って打開策を考える。


「しょうがない。近くの村から食料をかき集めてこい!あと、各国に支援の申し出を行う」


 パトリックはソファーから起き上がると、慌てて指示を出すために部屋を飛び出した。マリアンネもその後に続いて部屋を出て行った。


 近くの村に食料などないことすら、国王は分かっていないのか。このパトリックの指示によって、王宮にいた兵士たちは絶望を感じた。




 

 夜の王宮。年配の男性が40代くらいの女性を説得し、どうにか馬車に乗せようとしている。白髭の年配の男性はこの国の宰相で、説得をされているのはパトリックの母でもある王妃だ。


「こんな状況では国が立ち行かない。ここにいてもパトリックと共倒れになるだけだ。まさか、本当に天罰なんてものがこの世に存在するとは」


「いやよ。出ていくならパトリックも!」


 暴れる王妃を宰相の配下が押さえ込み、無理やり馬車に乗せた。そして、ひっそりと王宮から出て行った。

 

 この日を境に、法国の王宮から人々が逃げ出すようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る