第27話

 ざあざあと激しい雨が降る。コルネリア達は白い鳥が導くままに、先ほど法国の領土内へ入ったところだった。木々が生い茂り、馬の速度を落として慎重に歩を進める。


 法国の領土にネバンテ国の兵士、しかも国王自ら侵入をしている状況は、見つかれば国同士の争いにつながりかねない。しかし、女神に導かれているコルネリアは、法国の人間に見つかる気は全くしなかった。


 ネバンテ国内では雨が降っていなかったのに、法国の領土に入った途端激しい雨が降っていた。クルトたちが用意していたマントをかぶっているものの、寒さからコルネリアの歯がカタカタと音を鳴らす。


「大丈夫か?」


「え、ええ」


(――寒いなんて言っていられないわ。女神様が私を導いているということは、きっと怪我人だっているはず)


 ゆったりと翼を伸ばして羽ばたく白い鳥。その鳥が大きな木の枝に止まり、初めて高く鳴き声をあげた。


「リューイだわ」


 木の下には第三王子のレオンハルト、そしてリューイらしき少女を背負うボロボロの騎士がいた。騎士はコルネリア達に気がつくと、手元の剣を手にふらりと立ち上がる。


「ホルガー様!私ですわ。コルネリアですわ」


 ヴァルターに馬から下ろしてもらうと、騎士であるホルガーへ急いで駆け寄る。彼は第三王子の近衛隊長を務める騎士だった。


「コ、コルネリア様」


 目の上の切り傷から血が流れ出るホルガー。身体中に傷がついており、まさに満身創痍だ。ホルガーは貴族の出ではあるが、敬虔な女神教徒なので聖女達を呼び捨てにすることはない。


 木の下には、ホルガーのマント上に横たわるレオンハルトがいた。水色の髪はぐっしょりと雨や泥で濡れ、服もところどころ破れている。


「リューイ様をお願いします」


 そう言って背負っていたリューイを地面にそっと置く。コルネリアがそばに座り込み、すぐに手を体にかざす。


 リューイの水色な衣は、ぐっしょりと赤い血で染まっている。背中を矢で射られたようで、矢じりは抜かれて布が巻き付けられているが、血が止まっていない。


 聖女達は他者へ癒しの力は使えるが、自分の怪我や病気を治すことはできないのだ。


「ああ。リューイ。すぐに治すわ」


 ちらっとホルガーとレオンハルトの様子を確認し、リューイの怪我を治すことが最優先だと確認する。満身創痍に見えるホルガーも、命に関わる深い傷はないようだった。


 おそらく、大きな怪我を治した後にリューイが気絶したのだろう、とコルネリアは考えた。


 ぱぁっとコルネリアの両手から、温かな光が溢れる。ヴァルターと兵士たちは、周りの様子を警戒しながら治療の邪魔にならないように見張っている。


 しばらく手をかざしていると、血の気が引いていたリューイの顔に血色が戻り、そっと瞳が開いた。

 

「コ、コルネリアさん?」


「リューイ!良かったわ!」


 意識を取り戻したリューイにコルネリアが泣きそうになりながら、ぎゅっと抱きついた。地面は雨でぬかるんでいるので、お互い泥まみれだ。


「コルネリアさん!レオンハルト様とホルガー様は?」


「無事ですわ。私はホルガー様を診るから、リューイは王子をお願いしますわ」


 はっと体を離したリューイにそう言うと、コルネリアはホルガーに近づく。体に手をかざして怪我を治すと、レオンハルトのそばに行ったリューイが立ち上がる。


「レオンハルト様は気絶されてるだけみたいです」


 ほっとコルネリアが胸を撫で下ろすと、ヴァルターが二人に近づいてきた。


「コルネリア。いったん戻ろう」


 ヴァルターの声にコルネリアは白い鳥を探すが、すでに鳥はいなくなっていた。


「女神様。ありがとうございます」


 リューイの元へ導いてくれたのだ、と分かったコルネリアは両手を組んで女神へ感謝を伝える。と、すぐに立ち上がる。


「リューイ。いったん戻りましょう。ヴァルター様。みなさん。ありがとうございます」


「礼なら無事に領土に帰ってから、ヴァルター様にいただきますよ」


 にかっと兵士が笑い、馬に乗る。


「リューイ様お気をつけください」


「ありがとう!」


 リューイはクルトの馬に一緒に乗ることになり、にこっとリューイが人懐っこい笑みをクルトへ向ける。


「ホルガー様お使いください」


「すまない。感謝する」


 ネバンテ国の兵士の一人がホルガーに自身の馬を差し出すと、ホルガーはレオンハルトを抱き抱えたまま馬に乗った。


「長距離の移動は難しい。一度ネバンテ国の国境沿いの村に行こう」


 ヴァルターの言葉に皆が頷く。


「さぁ、コルネリア」


 ヴァルターはコルネリアを抱き上げると、再び自身の前に座らせた。


「顔に泥がついている」


 ヴァルターは親指で優しくコルネリアの顔を拭うと、穏やかな目でコルネリアを見つめる。


「さあ。急ごう」


 ヴァルターの言葉を合図に、全員が馬を進めた。


 雨足は時間が経つほどに激しさを増し、すぐ目の前の視界も遮られるほどだ。


「どうなってしまうんでしょう」


 ぽつり、とコルネリアが不安な気持ちを呟く。


(――まずは村に帰って、リューイたちの話を聞かないといけませんわ)


 コルネリアは不安な気持ちをグッと抑え込み、土砂降りの雨の中、前を向いた。

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