第26話

 コルネリアは落ち着かない様子で、自室のベッドに横になっていた。何だか気分が悪く、今日は1日休みをもらっている。


 法国から使者が来て今日で4日目。日に日に体が重たくなるのを感じた。


(――女神様がお怒りなのかもしれないわ)


 満月の夜以外で女神の声を直接聞くことができないため、女神が今何を考えているかは分からない。けれど、コルネリアは身体の不調は、女神の怒りに反応して起きていると感じていた。


 怒りを少しでも鎮めてもらうために祈ろう、そう思い祈るために体を起こした。その時。


「うう」


 突き刺すような痛みを頭に感じ、コルネリアは頭を抑えてうめき声をあげた。ずきんずきんとした痛みが治った頃、そっと目を開ける。


「いたた……声が!」


 鈴が鳴るような声がコルネリアの喉から出て、彼女はびっくりして自分の喉を触る。


 法国にある聖なる湖に捧げた声が、戻ってきたということは。


「湖が枯れてしまったんだわ」


 法国が怒りを買い、女神が聖なる湖を枯らしてしまった。コルネリアはそう考え、すぐヴァルターに知らせるために立ち上がった。


 クーデターが起きてしまったんだ!


 バタバタと廊下を走りながら、コルネリアはぐっと唇を噛んだ。みんなが無事か、心配で仕方がなかった。


 優雅にゆっくり、聖女らしい動作を叩き込まれていたコルネリアが廊下を走る様子に、使用人たちは驚いて仕事の手を止める。


 そんな使用人たちに気遣う余裕もなく、コルネリアはヴァルターの執務室へ向かった。


「ヴァルター様!」


 ノックと同時に声をかけながらコルネリアが扉を開けると、室内にはヴァルターと宰相のバルウィン、そしてクルトもいた。


 いつもなら二人へ礼をするのだが、まっすぐヴァルターのそばに行き腕をつかむ。


「法国の聖なる湖が枯れました!おそらく、クーデターが起きてしまったのだと思います!」


 コルネリアの清らかながらも鋭い声に、ヴァルターが驚いたように目を開く。


「バルウィン。すぐに国境沿いに変化がないかを確認してくれ。クルトは兵たちを集めておいてくれ」


「かしこまりました」


 バルウィンが厳しい表情で頷き答えると、あわただしく部屋から出ていく。


「すぐに動かせるように、準備をしてきます」


 クルトもそう言うと部屋から出て行った。コルネリアはがくがくと膝の震えを自覚し、その場に座り込んだ。


(――クーデターが起きたのなら、国王は民は。みんなはどうなってしまったの?)


 パトリックの父でもあるブーテェ法国の国王は、水色の髪と目をした穏やかな王だった。聖女として何回も会ったことがあるが、優しい王だった。また、聖女として多く関わってきた国民たちが、どうなってしまうのかも心配だった。


 もちろん心配なのは、王や国民だけではない。仲間の聖女は、見習いの子たちは、仲の良かった神父は。考えれば考えるほど、コルネリアは意識が遠くなりそうだった。


「コルネリア。しっかりするんだ」


 座り込んでしまったコルネリアの肩をヴァルターが抱き、軽く揺さぶる。


「ヴァルター様」


 ぽろぽろとコルネリアの両目から涙がこぼれ落ちる。涙の膜でぼやけた視界でヴァルターを見つめると、ヴァルターの後ろに光り輝く白い鳥が見えた。


「え?あの鳥は」


 コルネリアが見ている方をヴァルターが振り向いて見た後に、怪訝そうに眉を顰める。


「何もいないぞ」


「でも、あの鳥は」


 コルネリアがそうつぶやくと、白い鳥は翼を広げて廊下の方へゆったりと飛んだ。扉の前に行くと、コルネリアの方をじっと見つめる。


「ついてこい、と?もしかして、女神様なのですか?」


 自分にしか見えない白い鳥。コルネリアは女神、もしくは女神の使いだと思った。気が付けば涙は止まっており、コルネリアは立ち上がる。


「ヴァルター様。行かなければ。女神様が導いてくださいます」


 コルネリアはそう言うと、白い鳥の近くまで向かう。鳥はコルネリアがついてきているのを確認しながら、ゆっくりと飛んだ。


「コルネリア!待ってくれ」


 ヴァルターが慌ててコルネリアを追いかけながら、近くにいたマルコへ声をかける。


「マルコ!クルトに数名兵士を連れて戻るように急いで伝えてくれ!」


 ヴァルターがすたすたと歩きだしたコルネリアに、自身が着ていたジャケットをかける。


「外へ行くならこれを着てくれ。今日は冷える」


「ヴァルター様。女神様の導く場所に行きたいのですが、一緒に行ってくださいますか?」


「もちろん、君が望めばどこにでも行こう」


 コルネリアの手をそっと握ると、安心させるようにヴァルターが頷いた。危険な場所へは行ってほしくないし、国王の自分が動くべきではないことはヴァルターは分かっていた。


 それでも、コルネリアが何かに導かれるように歩き出す姿を止められないと思い、止められないなら側で守りたい。ヴァルターは眩しそうにコルネリアを見つめながら思った。


 白い鳥は屋敷の玄関を出ると、法国がある方向を翼で指し示して止まった。


「そちらへ行くのですね。ヴァルター様、法国の方へ行きたいと思います」


「分かった。クルトたちが来るまで少し待ってくれ」


 白い鳥はコルネリアを連れていきたいようで、コルネリアがクルトを待つ間はその場でぴたりと止まっていた。


「ヴァルター様。お待たせいたしました」


 クルトがヴァルターの馬を引いて現れた。その後ろには準備を整えた兵が5名、自身が乗る馬を引いている。


 ヴァルターはクルトから馬を引き受けると、すばやく乗ってコルネリアへ腕を差し出す。


「きゃっ」


 ふわっとコルネリアの体が浮き、ヴァルターの前に座る形で馬に乗った。


「馬車だと行けない場所かもしれないからな、一緒に乗っていこう。みんな、法国や帝国の者に見つからぬように、行くぞ」


「はっ」


 ヴァルタ―の声に一糸乱れぬ返事をすると、彼らも馬に乗った。


「ヴァルター様。どちらへ行くのでしょうか」


 クルトの問いにヴァルターがコルネリアを見る。


「おそらく、法国の付近まで行くことになると思います。女神様のお導きなので、はっきりとした場所は言えませんが」


「だそうだ。クルト、お前ら。目的地も分かってないが、行けるな?」


 ヴァルターの言葉に彼らが笑顔で頷く。


「仲間を治してくださった聖女様のお言葉なら、俺らはどこにでも行きますよ!」


「聖女様じゃない、奥様だろ!」


「いや、それを言うなら王妃様だろ!」


 わはは、と兵士たちが笑顔で話す。兵士の中にはコルネリアに恩を感じている者も多く、その恩が返せないことに歯がゆさを感じていた。5人の中にも、コルネリアに怪我を治してもらった者がいる。


「みなさん。ありがとうございます」


 コルネリアがヴァルターの腕の中でお礼を言うと、その言葉を合図にするかのようにヴァルターが馬の腹を蹴った。


「行くぞ!」


 白い鳥が飛ぶ方へ、コルネリア達は急いで進んだ。

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