第21話
コルネリアの自室で、椅子に座ったヴァルターが何かを探している彼女を見る。コルネリアはヴァルターを座らせると、村へ行く時に持っていたバッグを探す。
(――私のバッグは……あ。ありましたわ)
使用人が移動させてくれたようで、部屋の隅にちょこんと置いてあった。
聞きたいことを書き出した紙を取り出し、内容をじっと見つめる。先ほどのキァラとの出来事があったので、この紙で書くよりも一つ一つ確認する方が良さそうだった。
無駄になっちゃったわ、と思いながらコルネリアは紙を戻すと、ヴァルターの正面にある椅子に座る。
【聞きたいことはたくさんありますが、キァラさんの好意を知っていたとは?】
「ああ。少し前にキァラから直接好意を伝えられた。兄のような存在として接していたから、もしかすると勘違いしているのではないかと思ってしまって。実際は違ったんだが」
【私に嘘をついた日ですか?】
女の勘が働きそう言うと、ヴァルターが申し訳なさそうな顔で頷く。
「そうだ。もしもコルネリアが知れば嫌な思いをするかもしれないと思って、つい隠してしまった。嘘をついて申し訳なかった」
そう言ってヴァルターが頭を下げる。コルネリアは次の質問を紙に書くと、下を向いたままのヴァルターの顔の近くに紙を突き出した。
【浮気行為やその他に女性関係で私に隠していることはありませんか?】
「浮気はしていない!」
反射的にヴァルターが立ち上がり、コルネリアは驚いて目を丸くする。
「あ、すまない。キァラとの間にそういった接触はないし、一度もそういう目で見たことはない。ただ、昨日勝手に寝室に下着姿で入ってきたので、すぐに追い返した。この件についてはマルコに聞けば嘘じゃないと分かるはずだ」
【他に女性は?】
結婚適齢期の国王だから、キァラ以外との女性関係も聞いておこう、とコルネリアは真面目な顔でヴァルターを見つめる。
「恥ずかしい話なんだが。一時停戦になるまでは、恋愛とかを考える余裕もなくてな。割り切った相手とそういった行為をすることはあったが」
ここでいう割り切った相手というのは、貴族専門の売春婦たちがほとんどだった。他の貴族の娘や侍女から誘われることも多々あったが、ヴァルターは手を出したことは一度もなかった。
(――割り切った相手とだけ。それなら、問題はないわよね)
自分で聞いておいて、しかも過去のことなのにコルネリアの胸が嫉妬で疼いた。
「今回の件は俺の甘さと見通しの弱さがまねいたことだ。本当に申し訳なかった。もうネバンテ国が嫌になったかもしれないが、離縁は勘弁してほしい」
その言葉になぜかコルネリアは無性に腹が立ち、ヴァルターを睨みつけた。
【国と国同士で決めた結婚です。そう簡単に離縁はできませんわ。それに、軽々しく離縁という言葉を使わないでいただきたいです】
感情が昂ったのか、今までより乱雑な字で書いて伝えると、ヴァルターを睨みつけた。その視線を受けてヴァルターが立ち上がり、腰掛けるコルネリアに跪くように座る。
「本当にすまなかった。気がついていると思うが、俺は君のことを愛しているんだ。許してくれるなら何だってする」
そう言うと華奢な両手をそっと自分の手に乗せ、ヴァルターが唇を落とした。
(――一国の王が跪くなんて!)
立ち上がるように伝えたいが、両手を握られているため紙にかけない。かっと恥じらいからコルネリアの頬に赤みがさした。
【それなら約束してください。二度と私に嘘や隠し事をしないと】
ぱっとヴァルターの手を振り解き、紙に書いて見せた。
今回の件でコルネリアが最も許せなかったのは、ヴァルターがキァラの件で嘘をついたことだった。夫婦の信頼関係を築く上で、嘘をつくことだけは許せなかったのだ。
「ああ。誓うよ。これからはコルネリアに嘘や隠し事はしない。聞かれたことは全て正直に話す」
嘘偽りのなさそうな真摯な態度に、コルネリアはふっと身体の緊張を解いた。
【先ほどは、何も言えない私をすぐ信じてくださって嬉しかったですわ】
部屋に入って怪我をしたキァラではなく自分に来てくれたこと。キァラの嘘を少しも信じなかったこと。ずっと自分を気にかけてくれたこと。
もしかすると妹同然と言ったキァラを庇うかもしれない、そんな不安が少しあったコルネリアは信じてもらえたことが嬉しかった。
微笑んで跪くヴァルターの赤い髪を、優しく撫でた。
「当たり前だ。妻を信じない夫なんていない」
頭をおとなしく撫でられながら、ヴァルターが少し誇らしげに言う。その姿にコルネリアはくすりと笑った。
【お願い事があります】
「何でも聞くぞ!」
【今から私が肩を2回叩くまで、目を閉じて動かないでください】
「……歯は食いしばったほうがいいか?」
真剣に言うヴァルターの言葉に、コルネリアは笑って首を振る。そうか、と言いながら素直にヴァルターは目を閉じた。
コルネリアはまず、頬と頬をそっと合わせた。びくっとヴァルターの身体が揺れるが、約束通り目は開かない。
(――なんだか本当の意味で夫婦になれた気がする。キァラの件はクルトに任せましょう)
ふふっと微笑んで、コルネリアはヴァルターにキスをした。唇を離してヴァルターの顔を見ると、真っ赤になって何故か小刻みに震えている。
コルネリアは楽しそうに笑いながら、再びキスをした。
(――これは許されたのか?それともコルネリアの最後の慈悲で、この後俺は殺されるのか?)
柔らかな感触にキスをされてることが分かるヴァルターの脳内は、非常に混乱していた。
その間も、ちゅっちゅっ。と小鳥がついばむように、優しく唇が触れる。抱きしめてはダメと言われてはいないのだが、ヴァルターはコルネリアの背中へ手を伸ばした状態で固まっている。
肩を2回叩かれるまで、真っ赤な顔で震えながら幸せすぎる感触に耐えていた。
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