第18話
屋敷までの道は比較的整備されており、ガタガタと馬車が激しく揺れることも少ない。コトコトと程よい揺れに、コルネリアは眠くなりあくびをした。
もともと日帰りの計画だったため、今日の夕方には教会関係者との面談を約束している。その時間に余裕を持って間に合わせるために、早起きをして治療を施した。
治療自体は患者が眠っていても可能なため、日が昇り始める前から治癒を開始した。コルネリアと同室で休んだカリンも、一緒に行きます!とついていったので、同じく睡眠不足だ。
眠そうにしながらも起きているコルネリアと違い、数分前からカリンは寝てしまっている。
【クルトは眠らなくて大丈夫ですか?】
コルネリアがたずねると、外を見つめていたクルトが彼女の方を見る。寝ずの番をしていた、とコルネリアが聞いたのは、馬車が出発してすぐのことだった。
「1日寝ないくらい問題ないですよ」
にかっと強面に似合わない笑顔を浮かべる。
「コルネリア様こそ、到着まで少しでも寝られた方がいいのではないですか?」
コルネリアは首を振って、文字を書くとクルトに手渡した。
【帰ったらヴァルター様と話をします。寝てしまったら、頭がくもってしまいますわ】
(――帰ってヴァルター様に会ったら、どこから話をしようかしら。あの夜嘘をついていたこと。キァラさんの無礼な態度。……全部だわ。思ってることは全部伝えよう)
話したいことはたくさんあるが、いちいち書いて見せるのは時間がかかる。
(――そうだわ。今の時間を使って、言いたいこと全部まとめておこう。幸い、それほど揺れない馬車だから、文字も書けるし)
コルネリアは紙の束をカリンの足元にあるバッグから取り出すと、ヴァルターに伝えたいことを書くためにペンを取った。
「おかえりなさいませ」
屋敷に帰るとマルコが出迎えてくれる。お昼頃に無事に屋敷に着き、コルネリアはほっと一息ついた。
(――この時間なら、ヴァルター様としっかり話をしても、夕方の約束には間に合うわ)
【ヴァルター様は?】
「今は少し出ておられますが、午前中だけだとおっしゃっていましたので。そろそろお帰りになるかと思います」
マルコの言葉にコルネリアは頷くと、寝起きでフラフラするカリンと、いつも通りの様子のクルトへ紙を見せる。
【二人は少し休んでいいわ。私のわがままに付き合ってくれてありがとう】
にっこりと微笑むコルネリアに、カリンが眠そうな目をぱっちりと開く。
「そういわけにはいきません」
「いいんじゃないですか?カリンもクルトも。休める時に休ませてもらいなさい」
マルコが穏やかにそう言うと、コルネリアがこくこくと頷く。
実際のところ、コルネリア付きのカリンはともかく、騎士であるクルトの勤務についてコルネリアやマルコに権限はない。
しかし、今のクルトの任務はコルネリアの護衛なので、屋敷に帰った今は任務が終わった状態なのも事実だ。
「奥様。ありがとうございます」
カリンが感動したように両手をぎゅっと握り、コルネリアへ礼を言う。
朝早くから癒しの力を使って自分よりも疲れているのに、なんてお優しいんだろう。そんな心の声が聞こえるほど、カリンの表情は感動にあふれていた。
「ありがとうございます」
クルトもそう言うと頭を下げて、その場から立ち去る。頭を何度も下げながら移動するカリンを見送ると、コルネリアはマルコの方を見た。
【書斎に行くので、ヴァルター様が帰ってきたら教えてもらってもいいかしら?】
「かしこまりました。書斎まではご一緒します」
(――ヴァルター様がいないのは肩透かしを食らったみたいだけど、好きな物語の本を見ながら待つわ)
マルコと一緒に書斎に移動するコルネリアに、使用人たちがいつもと違う目線を向ける。
昨日のキァラの痴態は全使用人の知るところとなり、その事実をヴァルターがいつ伝えるのか。その時にコルネリアはどんな反応をするのか。使用人たちの関心はそこにあった。
まさか1日家を空けている間に、夫であるヴァルターにキァラが迫ったとは考えてもいないコルネリア。すれ違う時にじっと見つめる使用人と目が合い、穏やかな笑みを浮かべてみせた。
(――みんなお昼時だけれど、しっかり仕事してくれてるわ。いつもありがとう!……お昼時とか考えてたらお腹が空いてきましたわ!どうしましょう)
そんなことを考えながら、コルネリアは廊下を歩く。
「見たか。奥様のご様子を」
「ああ。穏やかに微笑んだ後に、切なげな顔をされて……。もしかすると、昨夜のことをご存知なのかもしれない」
手すりを掃除していた使用人二人が話し、近くにいた侍女が話に加わる。
「私たちにあんなに良くしてくれる奥様なのに、旦那様は何を考えてらっしゃるのかしら!」
書斎にコルネリアを送り届けたマルコが帰ってきて注意をするまで、使用人たちはそんな話をしていた。
ざわざわと屋敷内の騒がしさから、キァラがコルネリアの帰宅を察して、そっと自室から出たことには誰も気が付かなかった。
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