第17話
「なんだと?」
ヴァルターの前に立つ青年は、自分がかぶっていた帽子を胸元でぎゅっと握りしめる。強い口調と眼力に完全に怯えていた。
「ヴァルター様。彼は伝えてきてくれただけですよ」
そばに控えていたマルコがそう言うと、ヴァルターがはっと我に返る。すまない、と一言呟き、目の前の青年を見つめる。
今日こそはコルネリアと話し合おう、そう思い急いで仕事をこなしていたヴァルター。そんな彼のもとへ現れた村の青年は、コルネリアが治療のために村に泊まるという報告をした。
「クルトから他に何も言われていないか?」
なるべく怒りを抑えよう、とヴァルターがこめかみに手を当てる。青年はさらに身を縮めて言った。
「国王様が怒ってらっしゃったら、せいじょ。王妃様が言うことに反対できなかったから許してほしい。今日は寝ずに護衛の役目を果たす。と伝えるように言われました」
国民としては王妃、というよりも聖女としての印象の方が強い。青年もそのようで、王妃と言い直していた。
「そうか。ここまで疲れただろう。もう下がっていい」
ヴァルターの言葉に青年はほっと息をつくと、部屋から出ていった。ヴァルターはマルコに報酬を渡すように伝え、椅子の背もたれにもたれかかって目を閉じる。
(――よりによって護衛がクルトだけか。まぁ、あいつことだ。本当に寝ずの番をするだろうし、身の危険はないだろう)
「……とりあえず、終わらせるか」
早く終わらせる必要は無くなったが、目の前の仕事を終わらせないといけないのも事実だ。ヴァルターはため息をついて、書類へと向き直った。
「いったい何に怒っているのか」
寝室のドアを開けながらも、ヴァルターはコルネリアのことを考えていた。明日帰ってきてから、じっくりと話をするつもりだ。
「ん?」
寝室の中は真っ暗で、カーテンの間窓から月の光が微かに差し込むだけだ。
いつもであれば、ヴァルターの部屋は真っ暗にはならないように使用人が明かりをつけている。訝しげに部屋の中を見ると、ベッドの中が少し膨らんでいた。
「コルネリア?」
もしかして帰ってきたのだろうか?そう思ったヴァルターが、ベッドに近寄る。そして、ベッドに腰掛けると、そっと掛け布団をめくった。
「ヴァル様」
「うわ!」
ベッドの中には下着姿のキァラがおり、ヴァルターが驚いたように声を上げて後ろに下がる。
「そんな反応ひどいですよ。せっかく勇気を出してきたのに」
下着姿を隠そうともせず、キァラがベッドの上に座る。首や、おへそや、太もも。全てがあらわになっているので、ヴァルターは目線を逸らした。
「ずっと好きだったんです。コルネリアさんがいない今だけでいいので」
「誰かいるか!」
キァラが潤んだ瞳でそう言うと、ヴァルターは扉の方へ使用人を呼びながら歩く。
「そろそろお休みの時間をいただきますが。……おや、まぁ」
主人の声に反応したマルコが扉を開けて、ベッド上のキァラを見て首を振った。
「奥様がいない日を狙って浮気とは。私は悲しいですぞ」
「早く彼女を連れ出してくれ。俺はもう一度湯浴みをしてくる」
冗談を言うマルコに、ヴァルターは頭をおさえたまま言って部屋から出ようとする。
「ヴァル様!待って!」
慌ててベッドから降りようとするキァラが、よろけてその場に転んだ。
「正直、気分が悪い。俺の許可なく寝室に侵入した罪については、クルトが帰ってきたら話そう」
妹同然に思っていた女性が、夫婦のベッドに裸で入っていた衝撃は大きかった。裸に近い格好で迫られていながらも、ヴァルターはキァラの好きが兄のような存在を勘違いしている、と信じたかった。
(――こんなことがあった以上、もうここには置いておくことはできん。夫婦の寝室に勝手に入るなんて。……ん?もしかすると、コルネリアにもキァラが何かしたのか?)
突然浴室に入って迫ってきたり、夫婦の寝室に無断で入室した挙句、下着姿で待機をしたりする。
そんな無茶苦茶な行動をするキァラが、コルネリアに何か嫌なことをしたのかもしれない。そうヴァルターは思った。
「やはり。明日コルネリアが帰ってきたら話そう」
脳裏に下着姿のキァラが浮かび、そして見たこともないコルネリアの下着姿が浮かんだ。
「コルネリアなら大歓迎なのにな」
思わず心の声が漏れ、はっと口を手で覆う。廊下を歩いていた使用人は、聞こえなかったふりをして通り過ぎた。
「なんでよ!」
自室に帰ったキァラは、壁に向かってまくらを思いっきり投げ、叫んだ。
自分の見た目や身体に自信があったキァラは、下着姿を見ても手を出さなかったヴァルターが信じられなかった。
「せっかく、あの女も邪魔する兄様もいなかったのに」
がじがじ、と爪を噛みながら考える。
キァラに用意された部屋はこじんまりとしている
が、部屋中物が散乱しており足の踏み場がない。
「全員があの女をよくいうのが許せない……そうだ」
爪を噛むのやめて、キァラがにたりと笑う。
「加害者にしてやればいいのよ。屋敷のみんなからも嫌われればいいんだ」
キァラの脳内ではヴァルターに受け入れられなかったことも、コルネリアに原因があると考えていた。
そして、元凶であるコルネリアがいなくなれば、ヴァルターが振り向いてくれると本気で思っていたのだ。
「聖女っていっても、所詮気弱で話すこともできない私生児じゃない。周りを丸め込むなんて簡単よ」
コルネリアはそんなにおとなしい性格ではないが、ほとんど関わったことがないキァラは気弱だと信じ込んでいた。
紙とペンを床に散乱する物から引っ張り出すと、コルネリアの性格を勘違いしたまま、計画を立て始めた。
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