第7話 手抜きレシピと消えた弁当の謎(1)
あれ以来、美月は秋人の家に通っていた。もちろん、食事と食材目当てだが、お陰でほとんど食費のかからない生活になっていた。
「ちょっと見てください!抹茶さん!今週の食費は、お茶代150円だけです!」
美月は若干興気味に家計簿を抹茶に見せていた。
ここは、秋人の家のリビングで、二人でお茶を楽しんでいた。おやつは秋人が作ったおから入りのヘルシードーナツだ。ふわふわと柔らかく、優しい甘みでいくらでも食べられそうだった。ドケチな美月は、夕飯だけでなく、おやつもこうしてご馳走になっていたわけだが、抹茶も秋人も特に文句を言わず、「持ってけ!泥棒!」状態だった。
「おぉ、すごいですね。美月さん。ちなみにこのお茶代って何なんですか?」
「これがスーパーの特売で買ったお得用のお茶です。マグボトル に入れればいっぱい飲めます!」
「二番煎じ飲んでそうですねぇ」
「あれ? 何でわかったんですか!」
興奮気味に語る美月だったが、抹茶は微笑ましく話を聞いていた。抹茶は独身で家族もいないので、美月が子供or孫みたいに見えるのだ。
「でも、こんなにタダくれて本当に悪いなって思っています」
「そんなキラキラした目で語られても説得力ないですよ」
「これは、一応お礼です。これぐらいしか出来ないですけど」
美月はカバンから、綺麗にラッピングされた包みを取り出した。
「何? 美月ちー」
ちょうどそこへ秋人がリビングに入ってきた。今日は、この家の厨房で動画撮影をしていた為、ニート仕様ではなく、イケメン姿で現れた。
清潔感あるシャツに、チノパン。髪もセットし、髭も剃り、眉毛も整えてあった。これだけみると本当のイケメンキラキラ料理王子だが、普段の様子を知っている美月は「上手く化けたな」としか思わないものだった。
「これウチの母が書いた小説なんです。一応新作です。まあ、全編英語ですので、辞書引きながら読んでください」
包みの中身は、美月の母が書いた本だった。洋書で装丁はペーパーブックと言われているもので、カバーはついていない。
意外と秋人も抹茶もこのプレゼントに興味津々だった。
「なにこれ、表紙がクッキー屋さんだ。どういう話?」
秋人は料理研究家だけあって、やっぱり食べ物への興味が強いらしい。
「これは、小さな町のクッキー屋の店長が殺人事件を解決する話ですね。いわゆるコージーミステリというやつです」
「コージーミステリ?」
美月の説明に抹茶も秋人も首をかしげる。確かの日本では知らない人が多いだろう。
「米国や英国の女性向けライトミステリですね。母は、このジャンルが好きで好きで英語も取得し、向こうに移住してしまったわけです……」
恥ずかしい話だが、自分の母の事情も二人に話した。
「母は元々は普通の主婦だったんですけど、人生はわからないものです」
すっかり達観した様子で語る美月に、秋人も抹茶も言葉がないようだった。
「まあ、英語ですけど、気が向いたら読んで下さい」
「いや、すげぇな。美月ちーのママ」
秋人はそう言って、美月からもらった洋書の表紙を撫でた。
「ところで秋人さんのお母様ってどちらに? 一緒に暮らしているんですか?」
そういえば秋人から母の話は聞いた事がなかった。父親は多忙でなかなか帰って来れないとは聞いていたが。
「実は秋人さんのお母様も海外でお仕事です」
「抹茶さん、本当?」
思わぬ共通点で、美月の目も丸くなる。
「うん。うちの母も結構なキャリアウーマンだったからねぇ。子供の頃は、母が作った弁当に冷凍のおかずが入ってると、微妙な気持ちになったけど、今思うと冷凍食品頼らないと無理だわ」
そう呟く秋人に美月も深く頷いた。美月の母も似たようなものだ。現在も娘を一人置いて海外で仕事中だ。でも、だからといって母が愛情表現していないと言えば嘘になるし、凝ったキャラ弁を作るキラキラママだけが正しいわけでは無いと感じる。
「そうだ、秋人さん。働くママの為に手抜きレシピを考えたら良いんじゃない? というか私も今後受験で忙しくなるし、手抜きレシピを知りたいよ!」
ふと頭に思いついたアイデアを秋人に語っていた。おから入りドーナツも美味しく、秋人と母と自分の母に思わぬ共通点があり、美月も少し気が緩んでいたのかもしれない。何より食費がかかってない暮らしにご機嫌状態だった。
「それは良いじゃないですか。手抜きレシピつくりましょう。動画やネットにも載せてバズるのを狙いおうじゃないですか」
抹茶もノリノリで美月の提案に賛成した。
「そうだなぁ。手抜きレシピいいね!」
秋人も笑顔で頷き、さっそく厨房の方に行ってしまった。
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