第6話 ドケチ娘と料理王子(5)
「本当にウチの秋人さんは、だらしなくてごめんなさいねぇ」
おじさんは、軽く謝った後、美月の座っている目の前のテーブルに紅茶やお菓子を並べた。
お菓子はオーソドックスなドーナツだった。生地はからっと揚がり、表面には粉砂糖が綺麗にかけられていた。
さっきゴミ袋に入っていたものと同じものだろうが、あまりにも甘い良い香りがするので、美月はゴクリと唾をに見込んだ。
「はじめました。私は秋人さんの秘書の高崎抹茶と言います」
「はじめまして。星野美月です。っていうか抹茶さんって本名ですか?」
抹茶という珍しい名前は、本名だという。一発で覚えてしまった。見かけは普通のおじさんだが、名前のおかげで可愛らしく見えてしまった。
「抹茶さんは、有能だよ。スケジュール管理ももちろん、マーケティングや俺の料理の売り込み方もアドバイスくれるし。副業でコンサル業務もやってるんだ」
身内を笑顔で褒める秋人は、悪い人間には見えなかった。
聞くと秋人は抹茶のアドバイスを聞き、SNSでレシピや料理動画をアップしていたら、よくバズるようになり、今のような立場になったらしい。レシピ開発や本の執筆ははもちろん、企業とのコラボをしたり、広告塔になったり仕事は多岐に渡るらしい。
「忙しくて作った料理も少し試食して捨てたわ。その点は悪かった。ゴミ捨てのルールも守るべきだったわ」
素直に謝った秋人に美月が、居心地悪くなり、首をすくめた。ドケチになったばかりに秋人を追い詰めていたかも思うと、自分も悪い事をしていたと反省した。
「ごめんなさい。私こそ、事情も知らずに責めてしまって」
美月も心は鬼ではない。素直に秋人に謝った。
「じゃあ、みんなで少し食べましょうよ」
抹茶が明るく言い、テーブルの上にあるお茶やドーナツを楽しむ事になった。
「美味しい!」
ドーナツは想像以上にサクサクで、粉砂糖がすっと舌の上で溶けて美味しかった。意外と油っぽくなく、味も甘すぎない。紅茶とも合うし、いくらでも食べられそうだった。
「実はヘルシーなスイーツレシピを開発中でな。色々材料を変えて実験していたんだ。これは記事に豆腐を使ってる」
「うそ、そんな感じしない。美味しい」
美月があまりにも美味しいと連発するので、秋人は頭をかき、ちょっと恥ずかしそうだった。
「ところで何で秋人さんは、そんなニートみたいな格好しているんですか?勿体無いよ」
ドーナツは美味しいので、すっかり気分が良くなり、美月が疑問を口にしていた。
「いやぁ、俺はオシャレとか実は苦手なんだよ」
「ルックスを生かして料理王子と言われるようにプロデュースしたのは、実は私です。使えるものは、何でも使った方が良いですから」
そう言って笑う抹茶は、意外と策士っぽかった。抹茶という名前は可愛らしいが、中身は出来る系のおじさんかもしれない。一方秋人は、武器用っぽいというか、ちょっとヲタクっぽいタイプかもしれない。喋り方もちょっとヲタクっぽいし、妹である桜の態度を見ていると、中身はキラキラ料理王子とは言えないようだ。
「ところで美月ちーは、何? 家の手伝いで買い物やってんの? えらいね」
秋人は、「美月ちー」と呼んでいた。何となく違和感があるが、妹の同級生のとる態度はこんなもんだろう。
「そうなんですよ。家の事情があって……」
美月が愚痴っぽくはあるが、家の事情を秋人や抹茶に語っていた。母の仕事は今のところ大丈夫そうだが、これからも安定していく保証は無い。今後も貯金額を増やすため、節約していく必要があるだろう。
「あらあら、美月さんは大変ですね」
「そうなんですよ、抹茶さん。もう物価も上がっているし、食費が目の上のタンコブですよ〜」
思わず涙目で、愚痴を語る。今日ゲットした激安卵の事なども熱っぽく語り、抹茶をドン引きさせていたが。
「だったら、美月ちん。ウチで余った食材もらってく?」
「は?」
しばらく黙っていた秋人にそんな提案をされ、美月の目が点になる。
「レシピ開発中は、色々無駄も出るしさ。確かに捨てるのには、勿体無いな。美月ちーもらってく? っていうか、夕飯うちで食べていけば?」
思っても見ない秋人の提案だった。でも下を向いてしまう。
そんな甘えてもいいの?悪くない?
「昔の日本では、貧乏の家の子のご飯あげたり普通にしてたそうでしすよ」
そんな美月の気持ちを見透かしたように抹茶が優しく言う。
「うん、それに開発中のレシピに感想言ってくれるとこっちも助かるよ」
秋人にもそう言われてしまうと、この提案には断れそうになかった。
視界が涙で滲む。
さっきとは別の意味で、泣きたくなるような気分になってしまった。
「じゃあ、お言葉に甘えます!」
顔をあげた美月は明るくそう言った。
という事で、美月の食費はだいぶ軽減される事になった。夕飯で余ったものは、弁当に詰めてもいいし、朝ごはんに持って帰っても良いと言われてしまった。
夕飯もご馳走になり、卵も平飼いの高級卵を貰ってしまった。
帰りにあのドーナツの試作品を袋いっぱい、広告塔のカレールウまで貰ってしまった。
かえって恐縮するほど、よくして貰った。家計簿を睨めっこして赤字に悩んでいた時間が嘘のようだった。
やっぱり自分は運はいいかもしれない。激安卵は、ダメになってしまったが、ひょんな事から高級平飼い卵をゲットできてしまった。
「ありがとう、神様」
ふと、心にそんな言葉も浮かんでしまった。
母のメールの返事を書いた。運良く食材が手に入れられ、しばらく食費については悩まなくても良さそうだ。安心して仕事に集中してねと書いて送った。
これで母も仕事に集中できるだろう。
秋人が作ったドーナツの味を思い出した。確かに美味しかった。
格好はニート見たかったけれど、中身は本当に料理王子かもしれない。
そんな事を思った。
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