第4話 ドケチ娘と料理王子(3)
このスーパーでは、レジ袋はタダで貰えた。ただ、エコバッグを持っていくと五円引きになる上、アプリでポイントもつくため、美月はエコバッグを利用していた。
レジをすますと、アプリのポイントがなかなか溜まっていたので、思わず口元が綻んだ。
ご機嫌にまりながら、エコバッグに買ったものを詰め、イートインコーナーで少し休憩した。このスーパーでは買い物した人限定で、イートインコーナーで、タダで緑茶や麦茶を貰える。ケチな美月は、買い物の帰りは、必ずここに立ち寄って、無料の緑茶を飲んでいた。エコバッグは保冷使用なので、少しぐらい休憩しても大丈夫だ。ちなみにこのエコバッグは、ウィンナーのキャンペーンの抽選で当てた。
意外と美月はクジ運が良く、エコバッグや図書カード、商品券ばどを時々当てていた。家計は苦しい時もあったが、運が良いお陰で何とかなっている部分もあった。
確かに無料なので、緑茶は粉っぽいが、タダで貰えるものは尊いものだ。無料のお茶でイートインスペースで寛ぐ姿は、とても女子高生には見えないが、本人の口元は緩み、ご機嫌だった。
スマートフォンにメールが届いているのに気づいた。母から連絡だった。どうやら企画が通り、既刊も電子書籍でまとめて売れたらしい。お金も振り込むと書いてあった。
「よかったわー」
思わず小声で呟いた。家計簿を睨めっこして生命の危機を覚える生活とは、お別れできそうだ。
笑う角には福がくる。誰かが言っていた。激安卵も買えたし、アプリにポイントが貯まっているし、無料のお茶をもらえた。やっぱりご機嫌でいると良い事があるのかもしれない。
美月はそんな事を考えながら、家に帰ることにした。今日の夕飯は、今日の弁当の弁当で作り過ぎた唐揚げを丼にアレンジして、卵スープを作る予定だった。玉スープには、ほうれん草ともやしを入れてアレンジする予定だ。さっそく激安卵の出番があり、ウキウキとしてくる。
お金や食べ物の事ばかり気にするのは、女子高生らしく無いと思う。本来なら恋愛や部活にキラキラするのが青春なのかもしれないが、自分はそんなものには縁がないと思っていた。
隠キャというほどではないが、陽キャにはなれない身分である事は自覚している。SNSを見るとキラキラしたインフルエンサーがいっぱい出てくる。同じ歳ぐらいの女子高生もネット上でキラキラしてたりするが、美月は身の丈はわかっていた。下手にキラキラするより、日常を楽しんでほうがコスパがいい。
上には上がいるのでキリがない。SNSでキラキラ度を競うもの達を見ていると、どこが終着点なのかわからない。天井知らずの競争は自分の首を絞めるような気がした。
それに有名人達は、アンチが漏れなくついている。SNSの誹謗中傷が原因で、自殺してしまった有名人もいるらしい。そう思うと、迂闊に目立ってキラキラするのもコスパが悪い。さっきのスーパーでカレールウの広告塔になっていたイケメン料理王子・朝霧秋人にもアンチがいるようだった。
世界中の全員から好かれるのは、難しい事なのだろう。有名人なら尚更だろう。熱心なファンがいてもアンチがいて滅茶苦茶嫌われている状況は、想像するだけでも胃が痛くなってくる。
そんな事を考えながらスーパーを出て、住宅街に入った。
クネクネとした細い住宅街の道を歩きながら、駅の方へ歩く。美月の家は事故物件だったが、駅近の優良な立地にあった。
「あれ? なにこれ?」
住宅街のゴミ捨て場を見ると、奇妙なゴミがあるのに気づいた。半透明のゴミ袋には、ドーナツ、パウンドケーキ、ホットケーキが大量に詰められていた。
どれもまだ食べられそうだ。
「何これぇ」
ドケチで賞味期限切れの食べ物も平気で食べる美月にとっては、衝撃的なゴミだった。頭の中では「もったいない!」という言葉が踊っている。
美月は飲食店のバイトはやった事はないが、かなりの食品ロスがあると聞く。美月もコンビニでバイトした時は、まだまだ食べられそうなサンドイッチやお弁当を捨てるのが心苦しかった。マニュアル厳守で、従業員がロスした商品を貰う事も納得できなかった事を思い出す。
このゴミは、誰が捨てたのか?
わからないが、個装された様子がない所を見ると、コンビニや飲食店のゴミではなさそうだ。
生ゴミの匂いがうっすら漂うが、まじまじとそのゴミを見てみた。
見れば見るほど納得できない。
家庭のゴミだとしたら、一体なぜ捨てたのか?
謎が頭を駆け巡る。
それにこんな時間帯にゴミがあるのも、町内のルールを守っていない。カラスや野良猫が、このゴミ目当てでやってくる可能性も高く、イライラとしてきた。
よくゴミを見ると、パウンドケーキも、ドーナツもパンケーキも綺麗に焼けている。このゴミを捨てた者は、料理上手である事は事実のようだった。
企業でもない、一般家庭で、こんな大量に手作りスイーツを捨てる事情って何?
もしかしたら、彼氏や家族の誕生日プレゼントか何かの為の練習した為の出たゴミなのかもしれないが、中身は失敗作品の様子はない。特にパンケーキなんか冷凍しておけば食べられるのに。
もったいない!
今は企業も食品ロスに気をつかっていると聞く。コンビニでも一部商品を値引きして売っているのを見た事がある。
この時代に逆行し、神様の恵みである食べものを無駄にする行為は、美月は全く納得できなかった。
他人のゴミとはいえ、怒りでプルプル震えている時だった。
いかにも冴えない雰囲気の若い男が、ゴミを抱えて持ってきた。そのゴミも、中身に大量のドーナツが入っているではないか!おそらくこの男が、こんな事をしているのだ。
「ちょっと、いいですか? このゴミはあなたが捨てたんですか?」
感じ悪い言い方だったと思ったが、男は悪びれずのに頷く。
本当の冴えない感じの若い男だった。分厚い黒ブチメガネ。長めの前髪はちょんまげみたいに一つに結んでいる。上着の下のシャツは超ダサい。おそらく海外土産だろうが「私は寿司です」と奇妙な日本語が書かれていた。
たぶんニートだろう。少なくとも普通の会社員ではないはずだ。髭も剃っていないので、清潔感も無い。
美月は警戒しながらも注意した。
「こんな時間帯にゴミを捨てたらダメですよ。カラスや野良猫が来ちゃう。それになんですか?こもゴミは。まだ食べられるのに、勿体無いです!」
ニート風の男は、明らかに「しまった!」とい顔を見せ、美月から逃げようとした。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
美月は意外と運動神経が良かった。成績トップを維持するために、体育も頑張っていた。それに暇な時は、YouTubeで筋トレ動画を見ながら、腹筋や腕立てをするのも好きだった。筋トレ自体は好きではないが、無料でできる趣味は大好きだったので、意外と続いていた。もちろん食事制限などはしていないので、筋肉モリモリといえるほどではないが。
「まてー!」
ニート風の男は、あんまり運動していないらしい。チンタラ走っているので、すぐに追いついた。
ただ、美月も慣れない状況で焦っていた。ニート風の男を捕まえたのと同時に、盛大のコケた。
膝からは血がダラダラと流れていたが、美月を絶望させたのは、そのせいでは無い。
エコバッグの中見から激安卵が落ち、中身が全部割れてしまった。アスファルトの上では、無残な状態の激安卵が落ちていた。
「そんな、私の卵が!」
涙目で叫ぶが、もう遅い。
「バカやな〜」
「ちょっとアンタのせいよ!」
ニート風の男は、卵を失った美月をせせら笑っていて、さらに腹立たしい。頭上でカラスが飛んでいたが、美月を嘲笑うように泣いていた。
「わかったよ。卵は弁償するって。うちの冷凍室に高級平飼い卵があるぜ」
「は? 冷凍室? 平飼い玉?」
美月が驚いて聞き返した時、ニート風の男はさらに予想外の行動をとった。
なんと美月を抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこという状況だった。
「は?」
目を白黒させる美月だったが、至近距離で見るニート風の男の正体がわかった。
あの料理王子だった。同じクラスの朝霧桜の兄・朝霧秋人ではないか。
冴えない格好をしていたので、全く気づかなかった。ただ、イケメンは案外オシャレの無頓着でダサい格好が好きというのは、聞いた事はある。芸能人の私服がダサ過ぎると炎上してたのも見た事がある。
「ちょっと、アンタ。どこへ連れていくつもり?」
抵抗しようかと思ったが、今更ながら擦りむいた膝が痛くなってきた。
「まあ、ウチの別邸行くか。秘書に手当てそてもらおう! 妹と同じ学校っぽいし、このまま放っておけんよ」
お姫様抱っこという少女漫画的シチュエーションでも、美月は全く嬉しくなかった。むしろ変な男と関わってしまったと後悔していた。
つくづく自分のケチさが嘆かわしい。捨てられたドーナツやパンケーキなんて放っておけばよかった。
後悔しても遅い。
至近距離にいる料理王子・秋人からはバニラエッセンスやハチミツの良い香りもしたが、美月の心は塩っぱかった。
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