第3話 人助けは命懸けの仕事
向かってくるグリーンウルフは、ことごとく尾の先端の斧槍で斬り飛ばされ、あるいは貫かれて死んでいく。
ハルに守られながら、ピーターは何とか馬車の近くまでたどり着く。
「すいません。あなたたちも、その、冒険者っすか?」
護衛役らしい若い男が、こちらに剣を向けたまま問いかける。
ただし、その声音は比較的穏やかであり、ピーターに対する敵意や悪意は感じられない。
警戒こそしているものの、会話はできそうだとピーターは判断する。
「はい、通りすがりの冒険者です。助太刀します。あのアンデッドは、こちらの仲間なので、攻撃しないでください。……どうかお願いします」
とりあえず差し迫った状況なので、要点だけ伝える。
お互い長く話している余裕はない。
端的な説明で、相手が理解して納得してもらうことを祈るしかない。
「了解しました!」
男は、その旨を他の護衛にも伝えている。
どうやら数に押されていたようだが、ハルの参戦でどうにか体制を立て直すことができている。
ピーター自身は、戦闘能力が全くと言っていい程ないので、護衛対象らしき馬車の近くでハルにアンデッド専用のバフをかけるぐらいしか、できることがない。
余裕があるので、馬車を見てみると、遠目ではわからなかったが、かなり高価な馬車であるとわかる。
豪華な飾りがついている、というわけでもない質素なつくりだがだからこそそれに使われている素材の良さや、職人の質がはっきりとわかる。
これは、いい臨時収入が得られるかもしれないな、とピーターは考えた。
それから十分としないうちに、グリーンウルフとの戦いは終結した。
ピーターにとって意外だったのは、彼らが全滅するまで撤退しようとしなかったことだ。
狼達は、基本的に不利になれば逃げようとするはずだというのに。
よほど飢えていたのか、あるいは。
「あの、ありがとうございました!」
先程の剣士に話しかけられて、思考が中断する。
どうやら、彼が護衛のリーダー格らしい。
年は、ピーターより二つ三つ下だろうか、少年という言葉がふさわしい年だ。
動きやすそうな軽装鎧に身を包み、短剣を腰に二本佩いている。
短く刈り揃えられた金髪と顔立ちは整っていて、美少年という言葉がしっくりくる。
ピーターは、少年の方を向いて。
「いえいえ、礼には及びませんよ。たまたま通りかかっただけですから」
ピーターにとっては、あくまで彼個人の利益のために、厳密に言えば自身への危険を排除するための立ち回りに過ぎない。
むしろ、いきなり割り込んだのに攻撃しなかった彼らに感謝していた。
おまけにアンデッドや、それを扱う〈降霊術師〉に悪感情を抱いているようにも見えない。
多職種による連携が前提条件の冒険者ならではだ。
そもそも冒険者は素性が怪しいものが多すぎていちいち警戒していられないのだ。
これが普通の人間であれば、先ほど声をかけた時点で斬りかかられている可能性もあったので、ありがたい話である。
「それにしても強いですね!」
「ああ、ありがとうございます。でも強いのは私ではなく、私のアンデッドですよ」
ピーターをはじめ、モンスターとともに戦うジョブは、基本的に戦闘力をモンスターの性能に依存することになる。
「そうとばかりもいえないだろう。あなたのバフあってのものだろうしな」
「あ、ありがとうございます」
弓を背負い、眼鏡をかけた少女がそんなことを言ってくる。
いつの間にそこにいたのか。
【潜伏】のスキルでも持っているのだろうか?とピーターは思った。
彼女のほかにも、二人の少女がいた。
一人は、戦士風の格好をしており、大剣を持った少女。
もう一人は、司祭服を着た少女であり、戦士風の少女の背後に隠れている。
どうして、隠れているのかなんとなく察しがついたが、ピーターは何も言わないことにした。
口は災いの元だ。
「あの、せっかくですので、町まで一緒に行きませんか?いくらか取り分も渡しますから」
「……リーダー、勝手に決めるのはよくない」
「いやいや、僕の取り分から払うから、ね?」
「それならいいんじゃねーノ?」
「良くない、よ。普通に等分し、よう」
どうやら、リーダーの方は豪気で寛容な性格らしい。
ピーターにしても、自分から対価について言うつもりは毛頭なかったが、貰えるものは貰っておきたかったので。
「では、お言葉に甘えて」
素直に受け取ることにした。
そんな話をしながら、一行は、そのまま迷宮都市アルティオスへと到着した。
「荷物はこれで全部ですか?」
「はい、間違いありません」
「……なるほど。はい、わかりました。入場を許可します」
嘘を見抜く【真偽法】と、所持品を検査できる【目利き】によるチェックを受ける。
さらに身分証を見せ、犯罪者ではないことを確認すれば、アルティオスに入ることができる。
ちなみに、馬車はアイテムボックスに、仲間であるアンデッドは【霊安室】に入っているから、はた目にはピーターの荷物は多くない。
それは、ほとんどの冒険者、というか旅をするもの全般に言える。
このアイテムボックスのおかげで旅人や行商人が、大荷物の運搬に悩まずに済んでいる。
ちなみに、アイテムボックスの中に禁止された違法薬物や呪いのアイテムなどがないかも、門番の【目利き】によってしっかりと審査される。
ピーターのアイテムボックスには、そういったものは一切入っていない。
食料、金銭、着替え、配達物と読み聞かせ用の絵本くらいのものだ。
配達物についてなどの、確認に近い質問を二つ三つ受け答えして、無事ピーターは入ることができた。
そのすぐ後に、先ほど会話した冒険者たちも入ってくる。
どうやら団体であるがゆえに、荷物の量も多く、時間がかかるらしい。
加えて護衛対象の検査もあるようだ。
自分以外の人間と旅をしたことのないピーターにはなじみのない感覚だったが、そういう複数人で行動するのもよいものなのかもしれない、とピーターは思った。
「どうかされたんですか?」
「それが、依頼主の方がかなり時間がかかっているみたいです。それなりに荷物の量も多いみたいで」
「でしたら、私も待った方がいいのでしょうか」
「もし、都合が問題ないのであればその方がいいかな、という」
「わかりました、そういうことでしたらしばらくここで待たせてもらいます」
「ごめんね、リタ、もう少し待ってほしい」
『ぶー、わかったよ』
「……何か言ったか?」
「いいえ、なにも」
先ほど、自分を【鑑定】してきた狩人の少女が、疑念の目でこちらを見ている。
まあ、会話してくれるだけまだいいほうかな。
司祭服を着た少女はおびえてはなしどころではなさそうだし、戦士風の少女はそのようにおびえる彼女をどうにかなだめている。
リーダー格の人が理解があって助かった。
そういう手合いは、非常に珍しい。
むしろ露骨に警戒してくる人やおびえる人の方が多く、それが自然で当然な反応なのだから。
「んー、ぴーたー、ぱんけーきたべよ!」
待機することに飽きたリタが、【霊安室】から出てきて。
「もう、いいから出して!こんなところにいたら、息が詰まるわ!」
馬車から、修道服を身にまとったけだるげな、銀髪の少女が出てきた。
その時、ピーターは、自分の顔が蒼白になるのを感じた。
まずい。一刻も早くここから離れなくては。
だが、遅い。
頭に浮かんだそれを実行するより一瞬早く、ピーターと彼女の目が合った。
「え」
「ハル!出てこ」
ハルを呼び出して逃亡を図ろうとして、ピーターは、白い斬撃が体に当たるのを感じた。
「っ!」
「この……」
白い斬撃を放ったのは、護衛役の冒険者たちの護衛対象である、修道服を着たーーすなわち教会に所属している聖職者の――一人の少女。
「――腐れアンデッドと、〈降霊術師〉共がああああああああ!死ねえ!」
彼女は、けだるげな様子が一転、殺気と斬撃をまき散らす。
加えて、彼女の従者らしきものたちもそれに加わろうとして。
「わああああああああ!」
「いったん逃げるよ!リタ!ハル!」
「承知!お乗りください!」
ピーターはそれに対応して、叫ぶリタを【霊安室】にしまうと【霊安室】から取り出したハルに飛び乗ってその場を離れた。
やはり、自分に人助けなんて行為は向いていないな、だなんて。
そんなことを考えながら。
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