第二十八話 決意




 しばらく沢崎さんの胸を借りて、みっともなく泣き喚いた私。

 気づけば、すっかり日も暮れてしまっていた。

「……すみません」

 開口一番出てきた言葉は、謝罪だった。改めてベンチに座り直し、姿勢を整えてから恥ずかしそうに呟く。

「いいってことよ。誰だって抱えてるモノの一つや二つ、あるもんだろ?」

 私の隣に座り、呑気にそう返してくれる沢崎さん。彼女のおかげで、今の私の心は晴れやかな気持ちだ。

「……ありがとうございます」

 次に私は、感謝の言葉を沢崎さんに述べた。それに対し彼女は、満足そうに笑ってみせる。

「春姉が少しでもスッキリしたんなら、良かったよ」

「素朴な疑問なんですけど……沢崎さん、妙に手慣れた感じがありませんでした?」

「そうか? もしそう見えたんだとしたら、弟のおかげかもなー」

「……え、弟いたんですか?」

 ここにきて初めて聞く情報に、私は思わず聞き返す。

「あれ、言ってなかったっけ? 五歳下の弟がいるって」

「いえ、初めて聞きましたけど」

 これまでの会話を必死に思い返してみるが、やっぱり記憶にない。

「でも、それなら……色々と納得です」

 不満を感じつつも、私は大人しく引き下がる。なるほど、それなら分かる気がした。普段の様子からは想像しにくかった大人な考えと対応、そして後輩に好かれる理由も。

「まあ、俺の話はいいよ。それよりも……だ」

 隣に座る沢崎さんが、肩に手を回しながら話を続ける。


「いつ、告白しに行くんだ?」


「こっ……!?」

 唐突な沢崎さんの発言に、思わず驚く私。

「し、しませんよ! あ、謝りはしますけど! こ、告白なんて……」

「何でだよー! だって色男から言われたんじゃないのか? 好きだーって!」

「そんな風に言われてませんよ! か、からかわないでください!」

 沢崎さんのからかいに、私は声を大にして抗議してみせる。

「た……確かに、好き……とは言われましたけど」

「なら、やっぱ次は春姉の番だろ! あいつの気持ちに、誠意をもって応えてやらねーとな!」

「そ、それは……」

 赤面しながら、私は言い淀む。確かに沢崎さんの言う通りかもしれないが、私にそんな勇気は……ない。

「実際、好きなんだろ?」

「……それが、よく分からなくて。今まで人を好きになったことがないので、この感情が果たして、好きと呼ばれるモノなのか……」

「なるほどな。それに関しては……駄目だ、俺もよく分かんねえー」

 まるでお手上げと言わんばかりに、両手を広げて空を仰ぐ沢崎さん。

「恋……か。まるで縁がねえからなー俺は」

「沢崎さんは、短気なところを抑えたらモテそうですけどね」

「うるせ。良いんだよ、俺はこれで。別にひ弱なヤツに好かれたって、何の意味もねーからな」

「沢崎さんよりも、強い男性……。結構、無理難題では?」

「そうか? 俺より強い男なんて山ほどいるぞ? そうだ、この前海にいたあいつ。あれは中々強いぜー絶対! くそ、思い出したらまた会いたくなってきたな」

 先日あった海での出来事を思い出したのだろう、途端に血の気が多くなる沢崎さん。似たような発言を武藤さんも言っていた気がするが、こうも意味が違うとは。

「沢崎さんがそこまで言うってことは、相当強いんですね……あの人」

「ああ、あいつは間違いねえ。空手かなんかをやってるって言ってたけど、多分あれ本当だぜ」

 恋の話なんてまるっきりだけど、強い者の話となれば、途端に生き生きとし始める。そんなところが何というか、沢崎さんらしい。

「つまり……あの男性が、沢崎さんのタイプってことですか?」

「んー。どうなんだろうな。でも、強いヤツは好きだぜ」

「強い男性……」

「そんなことより、今は春姉だろ! もちろん、この後すぐ呼び出すんだよな?」

「いや、あの……はい」

 少し照れつつも、私は静かに答える。


「よし。じゃあ、早速電話しようぜ」

「いや、流石に今すぐはちょっと……心の準備が、といいますか……」

「心の準備なんて、もう出来ただろ! 思い立ったが吉日って言うしな。ほら、すぐ電話するぞ!」

 そう言いながら、私にスマホを差し出すよう促してくる沢崎さん。

「ちょ、ちょっと台詞を考えませんか……?」

 自身のスマホを手に握りしめながら、私は提案する。


「んなの行き当たりばったりで良いんだって! 当たって砕けろ!」


 渋る私から、強引にスマホを奪う沢崎さん。

「あっ! ちょっ……!」

「えーっと、確か四九八九……と」

 慣れた手つきで私のスマホを操作し、パスワードを解除する。

 セキュリティなんてあったもんじゃない。早急にパスワードを変えなければ。

「……あった! よーし」

 トークアプリから、伊田さんのアカウントを見つけたのだろう。すぐさま通話を始める沢崎さん。

「……あ、もしもし? 変態野郎? ああ、俺だよ俺!」

「沢崎さん、それだと詐欺の電話みたいですよ」

「あ? 何で俺が、春姉の電話からかけてるかって? んなもん決まってんだろ! まどろっこしい春姉の代わりに、テメーを呼び出すためだよ!」

 私の台詞なんてお構いなしに、伊田さんとの会話を続ける沢崎さん。

「ま、色々あってな。とりあえず、細かいことはいいから今から来てくれよ。場所はそうだな……ミニドリップでいいか、分かりやすいし。じゃ、今すぐ来いよ!」

 ほとんど一方的に話して、沢崎さんが通話を終わらせる。

「よし。これでもう逃げられないぜ」

 したり顔でそう言う沢崎さんに、私は思わず一言呟く。


「……ありがとうございます」


 思っていた反応ではなかったのか、驚いた表情を見せる沢崎さん。

「てっきり怒るか、ため息をつくもんだと思ってたのに」

「いえ、きっと……沢崎さんが背中を押してくれなかったら、ずっと躊躇っていたと思うので。素直に、感謝します」

「……なら、良かったよ」

 どこか嬉しそうに、沢崎さんが笑みをこぼす。

「時間ずらして、俺も店に行くからさ。後は春姉、頑張れよ」

「……はい」

 ベンチから立ち上がり、私は覚悟を決める。

 沢崎さんのおかげで、やり直せるチャンスが生まれた。

 もうこれ以上、道を間違えてはいけない。しっかり謝罪しよう、許してもらえるかは分からないけど。


 そして……伝えるのだ、今の気持ちを。


「行ってきます、沢崎さん」

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