第二十二話 節目


「……あー……」


 カーテンの隙間から差し込む朝日。衰えを感じるものの、まだ陽射しは強い。

 月初めの朝。特に九月の初めなんて、学生にとっては上位に入るほど憂鬱な日だ。


 ――夏休みが終わり、今日からまた学校が始まる。それを考えるだけで具合が悪くなりそうだ。


 時刻は七時半。まだ眠れる余裕はあるが、寝坊のリスクを考えて私は仕方なしに起きる。

 薄桃色のナイトキャップを外し、寝ぼけた表情で洗面台に向かう。

 冷水で顔を洗いながら、何とか憂鬱な気持ちを消そうと試みる。

「……はぁ」

 ――やはり、根底にある行きたくない気持ちは、中々覆りそうにない。

 歯を磨いて、腰ほどまである黒髪を白いリボンで後ろに束ねる。


「……よし」


 いつものポニーテール姿。髪を束ねるだけで不思議と目が覚め、気が引き締まる。

 これも一種のマインドなんだろうか。

 寝間着から制服へ着替え、そのまま居間に向かい、テレビを点けて朝食を用意する。

 バターロール二個と、コップ一杯の牛乳。テレビに視界を向けると、ニュース番組のバラエティコーナーがやっていた。

 九月一日は防災の日か……。毎年見る気がするけど、全然記憶に残らないのは私だけだろうか。お店にある消火器とか、使用期限……大丈夫だったっけ。

 喫茶店ミニドリップの、防災意識の低さを改めて実感しながら、私はパンを頬張る。

 今日は始業式が主となっていて、授業もなく午前で終わるはず。

 そう思えば、まだ気持ちは楽かもしれない。

 何とか気持ちを前向きに働かせつつ、朝食を食べ終える。

 さて、気乗りしないが……支度をして、学校に向かうとしよう。


 現在、時刻は朝の八時半頃。


 立秋を越えたとはいえ、まだ陽射しは強い。雲一つない晴天を見つめながら、目を細める。

 これは、日焼け止めを塗っておいて正解だった。

 鳥のさえずり、学生たちの話し声、それらを音楽にいちょう並木道を歩く。

 紺の基本的なスクールバッグを肩にかけ、私は久しぶりの登校気分に浸っていた。

 夏休みが明け、積もる話があるのだろう。集団で歩いてるグループは男女関係なく楽しそうだ。

 よく見たら、ほとんどの学生が複数人のグループで歩いていた。

 あれ、もしかして私だけ一人……?

 思わぬ疎外感に襲われたところで、背後から声をかけられる。


「あっ! 春姉! おはようっすー!」


 この快活な高い声、振り向かなくても分かる。白井さんだ。

「おはようございます、白井さん」

 隣に並び、速度を合わせて歩く白井さんに目線を向け、淡々と挨拶をする。

 着崩した制服に、丈の短いスカート。それに赤いスクールバッグという、ある意味、予想通りの格好だった。

「春姉ってこの時間に歩いてるんすね! ほほー、良いことを知ったっすー!」

「そういう白井さんは、思っていたより早いんですね。てっきり二時限から来るのだとばかり」

 半分皮肉交じりに、私はそう呟く。ヤンキーという種族は、遅刻かサボりと相場が決まっているのだ。

「いやいや! 間に合ってないっすよそれ!」

「違うんですか? てっきり不良の方々は遅刻が基本だとばかり……」

「それは、漫画の世界だけっす」

 私の中のヤンキー像を、きっぱり否定する白井さん。

「……夢が壊れますね。不良が出席日数とか気にするなんて、おかしいです」

「は、春姉……そしたらうちら、卒業できないっすよ……」

「そうですね、ここは一回留年しましょう。不良たるもの、普通の卒業なんて面白くないですから」

 小さく微笑み、そんな滅茶苦茶な台詞を吐く私。案の定、白井さんは戸惑っていた。

「大学ならまだしも……高校でダブりはまずくないっすか?」

「……なるほど。でしたら、中退というパターンもありますよ」

 学校内で出来た彼氏と付き合い、子供が出来て、中退して結婚なんてありそうな話だ。

「白井さん……望まない妊娠だけは駄目ですよ?」

 想像が膨らみ、思わず私は白井さんに忠告する。


「な、ななな何を言うんですか春姉! に、妊娠ってそれは……!」


 私の言葉を聞いて、顔を真っ赤にする白井さん。どうやらそういう話は慣れてないようだ。その証拠に、いつもの語尾がなくなっていた。

「う、うちはそういうの知らないもん! 彼氏だって出来たことないもん!」

「白井さん、動揺のしすぎで語尾がおかしくなってますよ」

「う、ううっ……!」

 指摘に思わず黙りこむも、相変わらず白井さんの表情は真っ赤に染まっている。相当、こういった話に免疫がないのだろう。

「は、春姉が……意地悪っす……!」

「その純朴さを、これからも大切にしてくださいね、白井さん」

 頭を撫でたい衝動を密かに抑えながら、私は改めて彼女にそう忠告するのだった。


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