第九話 魔力
「お疲れ様ー二人ともー! なになに? そんなやつれた顔しちゃってー」
アイスコーヒーを飲みながら、そう私たちに問いかける武藤さん。
あれから午後の営業を乗り切り、時刻はちょうど十九時。
私の予想は悲しくも的中し、午後は日中の忙しさが嘘のように閑散としていた。
……いわゆる通常営業だ、現在に至るまで。
「有名なブログがここを紹介したみたいで、日中すごい混雑してたんすよー」
「おかげさまで、最高の売り上げを記録することが出来ました」
「へぇ、珍しいこともあるもんだね。そんな評価される部分あったっけ、このお店」
辺りを見回しながら、からかうようにそんなことを呟く武藤さん。
「失礼ですね……武藤さんが知らないだけで、ミニドリップには魅力が詰まっています」
「まあ確かに? 店主が杏里を歌いまくるようなお店だし? 年代の人にはアリかもね。年代の人には」
「その言い方……さては、まだ年齢を高く推測したこと根に持ってますね?」
「ふーんだ」
子供っぽく抗議する武藤さんに対し、私はすぐさまアイスコーヒーのおかわりを入れてあげる。
とりあえず、面倒になったときは無言でおかわりを入れておけば、八割くらいで機嫌がなおるからだ。
「え? なになに、おかわりのサービスってやつ?」
「ええ。いつもお疲れ様です、武藤さん」
「あら、労いの言葉なんて嬉しいねえ。ここはありがたく頂いておきましょう!」
途端に上機嫌な様子の武藤さんを見て、私は思わず背を向けしたり顔を浮かべた。
急にお代わりをいれたことに何の疑いも持たず、喜んでくれるとは。
「……ちょろい」
「ん? 何だって?」
「いえ、何も」
そっぽを向きながら、淡々と答える私。冷静を装いながらグラスを磨き始める。
「それより、聞いてください。今日私のお店がそのブログによって、乗っ取られそうになったんです」
「ぶふっ!」
隣で水を飲んでいた沢崎さんが思わず吹き出す。
「そ、それは誤解っす……」
口元を拭いながら、そう小声で弁明する。
「え? 話が全く読めないんだけど……」
「端的に言いますと、どうやら沢崎さんが以前ぶっ飛ばした人、それなりに有名なインフルエンサーだったようでして」
「さらには、沢崎さんのようなタイプの女性が好きみたいで……ブログの記事を見た同じ趣向の人が、一気になだれこんだ。というのが、今日の多忙の正体です」
「す、すごいねそれは……。つまり、お客さんの目当ては沢崎さん。そして後輩ちゃんたちだった、ということか……」
気まずそうな様子の沢崎さんへ視線を送りながら、乾いた笑いをこぼす武藤さん。
「非常に不服ではありましたが、売り上げが過去最高を記録したので許します」
「はるちゃん、悪い顔してるなぁ」
今振り返っても失礼な男性客の言動には怒りを覚えるが、しっかり売り上げに貢献してくれていたので、私も許そうと思う。
「ふふ……売り上げこそ正義、ですよ」
「ああ、はるちゃんの目が虚ろだ……」
どこか不安げな様子でそう呟く武藤さん。
やれやれ、そんなことを言う武藤さんには、この売り上げという力を見せつけるしかない。
「今日はとても気分がいいので、武藤さんのお代は結構です」
「なんと……! うん、売り上げこそ正義だね。素晴らしい!」
「ああ……愛姉さんまで目が……」
私と武藤さんの他愛ないやり取りを見ながら、沢崎さんがため息をつく。
「沢崎さんも、次の給料日を楽しみにしていてください。しっかり給料上乗せしておきますから」
「そ、そうか。すっかり忘れてたけど、俺にもボーナスが……!」
「な、なるほど……確かにこれは、売り上げこそ正義かもしれねぇ……」
「……ふっ」
お金の前では全てが無力になるのだ。そう、沢崎さんでさえも。
何に使うか楽しそうに考えている沢崎さんを尻目に、私はしたり顔で密かに笑いながら……窓の外の景色を見つめていた。
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