ただ、それだけの話
KMT
第1話「図書館の美少女」
KMT『ただ、それだけの話』
「ここで待ってて。おとなしくしてなさいよ」
「分かった」
少年は母親が本の返却カウンターに向かった隙を見計らい、こっそりとその場を離れていく。小学3年生、わんぱく盛りの
勝文は遊べるスペースを探して、館内を歩き回る。小学生が一人でウロウロしている様子を、周りの大人は眉を潜めながら見つめる。
「ハァ……暇だなぁ……」
本棚に丁寧に並べられた文庫本を、手に取って読む気にはなれなかった。勝文は運動は得意だが、勉強は大の苦手である。読書も勉強の部類に含めており、想像しただけで嫌悪感が背筋にまとわりつく。
「ん?」
知らぬ間にテーブルと椅子が並べられた開けた場所にたどり着いた。ここは読書兼自習スペースだ。教材を持参して自習に励む者や、手に取った本を座って読む者のために用意されている。
本も勉強も苦手な勝文には、コピー機とホッキョクグマほど縁のない場所だった。
「……あっ」
まるで視線がそこに引き付けられるのが必然であるように、勝文は彼女を見つけた。
大きなテーブルの端の席に、一人の綺麗な女子高生が座っていた。紺色のセーラー服を身に纏い、黙々とシャーペンを走らせていた。こちらの視線にも気付かないほど、勉強に集中している。
「あぁぁ……」
勝文は思わずため息を溢す。差し込む光に照らされる少女の髪が、まるで星空を吸い込んだように綺麗で、目を奪われてしまう。淡い光を吸収した艶のいい青髪が、二つ結いにされて両肩に垂れている。
ガサッ
勝文は近くの本棚の本を一冊適当に取り出し、近くの席に座った。やや高い椅子に登るように腰掛け、本を広げて視線を少女に向ける。本は視線に気付かれないようにするためのカモフラージュだ。読むふりをしながら、彼女の様子を観察する。
“き、綺麗だ……”
よく見てみると、少女はメガネをかけていた。似合い過ぎにも程があるその美しさに、勝文の心臓は鼓動を早めていく。
「あっ」
すると、少女の肘が消しゴムに当たってしまった。消しゴムは床に落ち、おむすびころりんよろしくコロコロと転がっていく。勝文はそれを見逃さなかった。すかさず席から飛び出し、数メートル先に止まった消しゴムを追いかける。
「あっ!」
「わっ!」
しかし、勝文が拾う前に、少女の手が消しゴムに届いてしまった。彼女は突然走ってきたパーカー小僧に驚き、声を上げる。
「ごめんね。拾おうとしてくれて、ありがと♪」
「あ、いや、その……///」
笑いかける少女が近くに迫り、勝文の頬は今までにないほど赤く染まってしまった。
「僕、本借りにきたの?」
「え、お、おう! そうだ! 勉強に役に立ちそうな本を探しに来たんだ!」
勝文は自分を大きく見せるために、先程引っ張り出してきた本を示す。少女が表紙を確認すると、重々しいフォントで『選ばれる時』と記されていた。
地球温暖化や人工知能などの現代社会の問題に警鐘を鳴らし、未来に生き残る人間の選別の必要性を訴えるという、
「えー、ほ、ほんかき? あ、ほんしょ? 本書は、あー、せ、世界……の……その……えっと……」
勝文は見栄を張って読み始めたが、知らない漢字や言葉の羅列を前に、目次の時点で手が止まってしまう。醜態を晒すには十分だった。
「ふふっ」
少女はもたつく勝史の様子を見て、またもや笑う。普段から怒りの沸点が低い勝文。クラスメイトに笑われたら、十中八九怒り散らしてしまう。
しかし、彼女の柔らかな微笑みは、不思議と苛立ちを感じさせなかった。むしろ笑顔にときめいてしまうまでである。
「にししっ♪」
勝文もまた、にっこりと白い歯を見せつけて笑った。もはや笑うという行為に理屈が存在せず、二人は和やかな空気に包まれていった。
「……あっ、いた! こら勝文! おとなしくしてなさいって言ったでしょ!」
「うげっ、母ちゃん……」
そこへ、タイミング悪く母親が飛び込んで来た。勝文はパーカーのフードを掴まれ、本棚の影へと引っ張られていく。
「ちょっ、待って!」
勝文は無理やり母親の手を離し、再び少女の元へと駆けていく。初めて出会い、初めて声を交わして間もない相手に、勝文は既に不思議なほどに興味を抱いていた。
「お、お姉ちゃん……名前何ていうの?」
恐る恐る名前を尋ねた。小学3年生の時点でナンパの素質を見出だす勝文に、母親は頭を抱えて呆れる。少女は鳩が豆鉄砲を食らったように驚いた様子だっが、再び笑顔に戻って見せた。
「
「おっ、俺、杉野勝文!」
「勝文君……素敵な名前だね。よろしく♪」
彼女の笑顔は見れば見るほど、勝文の心を溶かしていく。瑞希と同じ時間を共有したくて、離れたくなくなって、勝文は図書館に留まる理由となる言葉を必死に絞り出す。
「み、瑞希姉ちゃんって……呼んでいい?」
「うん、いいよ」
「やった! じゃあ明日も……あっ!」
次の言葉を繰り出そうとした途端、母親は再びフードを引っ張って勝文を連行する。流石にこれ以上我が子の身勝手を見過ごすわけにはいかないようだ。
「ほら、帰るよ。お姉ちゃんの勉強の邪魔しちゃダメ! ごめんね、うちの子が迷惑かけて……」
「いえ、明日も放課後にここで勉強するつもりなので、よかったらどうぞ」
「やった! 瑞希姉ちゃん、一緒に遊ぼ!」
「だから勉強の邪魔しないの!」
母親からゲンコツをもらう勝文。自分でもしつこいほど瑞希と居たがっている自分に驚いた。
「よろしくね、勝文君♪」
「よろしく!」
だが、そんな自分の物ではなくなってしまったような心が逆に面白おかしく、笑いが込み上げてくる。瑞希も勝文の無邪気な様子に、またもやふふっと頬を緩ませた。
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