第5話 告白②
「申し訳ないです、エリック様。空耳が聞こえたようで良くわかりませんでした、もう一度お願いしても?」
人払いをした自室にてレナンは驚いて椅子から倒れそうになった。
「何回でも言うぞ。俺と結婚してほしい。妻になってくれ」
うん、完全に幻聴ね。
レナンは口元を隠し、不遜な幼なじみを見る。
自信満々で断られるとは思っていないのだろう。
顔を赤らめるでもなく、表情を改めるわけでもなく、いつもの口調でいつもの表情でそういったのだ。
後ろで控える従者ニコラはいつも通りオドオドした顔でエリックを見ていた。
(嬉しい幻聴だけど……)
「お断りします、エリック様」
なるべく抑揚を抑えて言ったつもりだが、僅かに震えていた。
気づかれてないだろうか?
「わたくしは後々スフォリア領を治める領主となります。あなたと結婚したら、嫁ぎに行かねばなりませんよね? 先祖代々守っている土地を蔑ろにするわけには行きません」
毅然とした態度でそう答える。
「俺が信頼できる後任を探し、ディエス殿に打診する。養子縁組をすれば良かろう」
「スフォリア領はとても難しい領地です。生半可な者では無理ですわ」
王都の近く、そして父は重臣だ。
その後継となる者は手腕も人柄も問われる。
「だが、見つけるさ。君と結婚出来るならね」
ニコッとエリックはそう言うと、後ろのニコラを指差す。
「例えばニコラ。少々臆病だが、いい仕事をするぞ。見た目も悪くないし伯爵令息だ。頭もキレる」
「お褒めの言葉は嬉しいですが、僕は、エリック様のそばに、まだ仕えていたいです」
半泣きでそういうニコラに「残念、ダメか」と悪びれもなく答えた。
「あとはガードナー家の次男やヤーウェ家の三女とかな。優秀な人材は割といる。ティタンの従者のマオもいいな」
「勝手に妹を推挙しないでください」
ニコラを無視し、レナンに向き直る。
「公爵家の歴史は古いが、うちほどのものではない。ディエス様のお眼鏡に叶う人材を必ず見つけ出そう。期限は10年。もし見つからなければ離縁してスフォリア領に戻ってくれて構わない。慰謝料も手切れ金も払う」
打算的な考えと言葉、少々レナンは悲しくなった。
愛情ではないのか。
「建前はこれくらいでいいか? レナンが領地云々と言うから合わせたが。正直こんな面倒な事をするなら、他の公爵令嬢の方が楽だ」
エリックはそんなレナンの心情を勿論察している。
「俺が結婚したいのはただの公爵令嬢じゃない、レナンだ。君が欲しい」
エリックが真摯な表情で語る。
「君は俺との話にもついてこれるし、ティタンにも優しい。あいつは他の令嬢より厳ついだの怖いだのと言われている。俺の可愛い弟になんて失礼な事をいうのかと、常々思っていた。しかし君は怖がりもせず、態度を変えることなくに昔から可愛がってくれている」
レナンからしたら当然のことだ、大事な妹の想い人を無下にする訳がない。
「病弱な妹にも優しいが、俺に対しても優しい。俺は立場上厳しくされる事や便りにされる事が多い。君くらいにしか甘えられない」
甘えている、というかからかわれているだけな気がするのだが。
「君は背の高さを気にしているが、小柄な令息が多いだけだろう? 俺と並ぶと違和感ないし、スタイルが良くてとても映える。隣にいて誇らしい程レナンは美しい。その長い銀髪もさらさらとしていて、ディエス様譲りの意志の強い青色の瞳も青空のように澄んでいる。手足も長くスラリとしていて、胸も大き過ぎず小さ過ぎず丁度よくて…」
「もうお止めください!」
褒める言葉が徐々に変な方向へ向かったのと、一応存在が空気と化したニコラもいるのだから、恥ずかしさに限界が来る。
レナンは真っ赤になり、思わず叫んでしまった。
「言いたいことはまだまだあるが、伝わったか? 返事は?」
「……」
本心で言えばOKだが、これは自分だけの案件ではない。
「父と相談してからお返事します」
「その件なら今度親同士で話し合う。あとはレナンの返事だけだ」
ここが一番重要なのだ。
レナンの隣に座り、甘く囁いていく。
「俺の婚約者になれば学校にて煩わしい婚約者争いに参加せず、有意義に過ごせるぞ。自己研鑽と人脈づくり、王家専用の個室も使える」
エリックの婚約者になれば王太子妃となるため、特別待遇になるのは決定なのだ。
エリックは第一王位継承権をもち、時期国王としてとても有力である。
婚約者候補が尽きなかったのは、王太子妃になるための争奪戦が起きていたのだ。
「わずらわしい公爵令嬢も、実質ともに俺の婚約者になったレナンには手が出せない。何かすれば俺が許さないからな」
この間の争いもエリックが表立って止めにいける。
王太子妃候補となれば堂々と護衛もつけられるから安心だ。
「住むのも寮ではなく、王族専用のところになる。女同士の醜い争いも起きにくくなるぞ」
物理的に離れられるため、寮でのいじめも受けにくくなるだろうと。
あの時はニコラが手を回してくれて事なきを得たが。
「俺といれば手を出すものもいなくなるし、ニコラがついていれば大抵の事は大丈夫だ」
耳元の声と吐息に体が震える。
こんなイケボはずるい。
「このままでもいいのか? 君が公爵令嬢で嫡子だと知ると、領地を手に入れたい他所の令息からの誘いも増えるぞ。現に来ているのだろう?」
ちらりと、レナンの机を見ると文箱には溢れんばかりの手紙が届いている。
「長年一緒だった俺と、見知らぬ男とどちらがいいのだ」
ずるい言い方だ。
そんな風に言われたら、答えは決まっている。
「必ず君を幸せにする、君の妹も住むこの国をな。だから一緒に手伝ってくれ」
妹について言われては、逆らえる気がしない。
「はい……」
レナンは、この怖くて甘い愛の囁きに頷くしかなかった。
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