Make some noise!

木曜日御前

デビュー

第1話

 

 歌番組。

 それは、アイドルグループにとって、人々に見つけてもらえる大きなチャンスの一つだ。

 

「『ディアラブ』さん、後ろでスタンバイお願いいたします!」

 

 女性スタッフの案内され、俺は舞台袖から舞台を見つめる。今目の前では、歌番組「週刊音楽フリーク」の本番撮影が行われている。俺たちは出演者として自分たちの出番が近づいたので、楽屋から移動してきたところだった。舞台には自分たちよりも3つ前の若い女性バンドアイドルがファンへと挨拶をしている。

 

「マナちゃん、ごめん、背中みてくれ」

「まじ? あーインカムのコード引っかかってるな」

 

 マナと呼ばれた青年、鴇田学ときだまなぶはメンバーのショウの衣装に変な風に引っかかったインカムのコードを丁寧直す。

 悪童野獣アイドル『ディアラブ」は、デビューして3年目になる。そのグループのメインラッパーとして学は活動しており、今は通算五枚目のミニアルバム発売の活動をしている。

 

 短く切りそろえ、短く切りそろえたアッシュベージュの髪に、全身黒色の衣装を着ている。花柄レースのタンクトップからはうっすら乳首が見えているのが恥ずかしいが、レザージャケットのお陰であまり見えることはないだろう。レザーパンツにレザーブーツ、手には指先だけのレザー手袋と、まさに野獣アイドルにふさわしい格好だ。そして、学と同じグループのメンバーも同じようにセクシーで、野生美を感じさせる格好をしている。

 

 アイドル戦国時代と呼ばれる現代。この日本では日々グループ同士の熾烈な争いが起きている。

 少し前までは全く無かった音楽番組も、ほぼ毎日どこかしらの局が音楽番組を放送し、様々なアーティストがその番組の一位になるのため、奔走していた。

 すべての歌番組には、ランキングがあり、その一位なれば、他の連中よりも長く番組に映れ、ネット番組の一位に向けたコンテンツにも出れる。それ即ち、より多くの人に見てもらえることになるのだ。

 

 それは学たちも同様で、今は大人気のグループ目の上のたんこぶさえいなければ、初週に一位を取れるくらいの人気であっても、その人気はいきなり急落することもある。それに、今回は悲しいことに大人気グループと活動が被ってしまい、一位候補止まりで終わりまで来てしまった。

 

 すでに次の活動である全国ツアーに意識を向けつつ、正直今では消化試合になってしまった自分たちの出番を待つ。

 先ほどの女性グループが捌けていき、次は見たこともない初々しい少年たちがステージへと上がっていく。客席にいるファンたちの声的にまだそんなに人気のないグループなのだろう。

 

「なあ、あのチーム知ってるか?」

 

 学は服を直してやったショウに尋ねた。そんな学を、名前を呼ばれたショウは不思議そうな顔で返答する。

 

「はあ? さっき挨拶来たじゃん。あ、マナちゃん便所だったか、腹壊したってぐらい長かったよな」

 

 ケラケラと笑いながら下品な言葉してくるショウに、学は思わず顔を顰める。

 自分たちの二つ前のグループ。6人組の少年たちは、パステル調のメンバーカラーで、まるで絵本に出てくる水兵さんのような衣装を着ている。

 

 まだまだ、あどけない顔立ちの少年たち。まだ学生だろうと思う。

 そんな少年たちが、こんなむさ苦しい野郎どもに挨拶に来たのかと、学ぶは心のなかで哀れみを覚えた。

 学の本心としては、できればこんなムサイ男達とアイドルではなく、彼らのような可愛いアイドルをしたかった。

 しかし、無駄に体躯がでかいのと、彼の生まれつきである強面のせいで、大変儚い夢であるため無理だろう。

 それに学はラッパーサバイバル番組で、アイドルラッパーでありながら、その力強いラップでベスト4まで残ったほどに、ラッパーとしての実力もある。適材適所ということを、学はよく理解していた。

 

 少年たちが、静かに立ち位置に立つ。

 学ぶは次の瞬間どんな曲が流れるのかと、想像しながら舞台を見つめ続ける。かわいい系か、コミック系か。

 

 しかし、流れる曲は、意外にもピアノの落ち着いた伴奏。そして、パステルピンク衣装の黒髪の少年がメンバーの背中に座り、口を開いた。

 

 

「は?」

 

 

 その場にいた人たちは皆動きを止める。

 今この瞬間を布擦れの音すら混じらせたくない、そう皆思うくらいただ一点少年を見つめる。十秒に満たない少年の歌声は、伸びやかでまさに奇跡と言っても、過言ではない。

 

 天使の歌声だった。

 

 また、歌詞もその歌声に合うように、夢を叶えたい少年の寂しい様子を見事に再現していた。

 

 その後一気に転調して、明るいミュージカルのようなサクセスストーリーの歌が流れていく。最初の少年が一番ではあるが、全員歌が上手い。

 

 天使のミュージカルを見てるような気分になり、ついついショウも楽しそうに肩を揺らしている。学の体にその揺れた肩が当たるが、学はそんなのをお構いなしに舞台を見つめた。

 

 かの少年が歌うと空気が違う。

 圧倒的、美しく、強く、伸びやかで、靭やか。

 もし、自分がボーカル志望だったら、この場で絶望していただろう。

 

(こんなの、こんなの……)

 

 体が震える。久方ぶりに感じたそれは、学がこの3年間でゆっくりと殺してきた感情だ。

 

 彼の呼吸さえも聞き逃したくない、必死に目を、耳を、彼に集中させる。

 

 バチッ

 

 彼と目があった。ソフトマッシュルームな黒髪で、容姿は無駄のないさっぱりとした顔立ちだが、あどけなさはあるもののかなり洗礼されている。

 

 その綺麗な黒い瞳は、楽しそうに微笑んだ。

 

 学の脳裏には、やばいくらいにその一瞬が焼き付く。

 

 あっという間に、彼らのパフォーマンスが終わる。少年たちはまだ整わはない息を必死に整えつつ、舞台上で整列した。

 

「はじめまして、僕たちは」

「「「「「「Get your hearts! クーピードゥです!」」」」」」

 

 リーダーらしき少年に合わせて、展示挨拶をする天使の歌声と他のメンバーたち。

 

「クーピードゥ……」

 グループの名前まで、天使なのか。

 どんどん沸き立つ気持ちを必死に堪える学は、力み過ぎてものすごい形相で舞台を見続ける。

 

「え、マナちゃん、顔殺人鬼だけど? 腹痛いの? まじで下痢ピー?」

 

 ショウのくだらない言葉は、脳に留める気もなく。無視をして彼だけを見つめた。一目惚れ、いや、一耳惚れとも言えるだろう。そんな彼は、挨拶中の自己紹介でも凄技を見せた。

 

 自分の番になった瞬間、すうっと軽く息を吸い、次の瞬間すべての空気をまたもや変えた。

 それは、美しい賛美歌の一小節。そして、歌い終われば、誰とも言わず拍手が起きる。

 

「ありがとうございます。僕は、クーピードゥの天使の歌声、レイです!」

 

 地声すらも美しい透き通っている声。ボーイソプラノにも近しいほどに、美しい高音を歌い上げる彼は同じ男なのかとびっくりするほどだ。

 

 これが、ファンがよく言う「尊い」ってことなのかもしれない。

 

 今すぐにでも、彼らに駆け寄りたかった。しかし、スタンバイ中の俺たちはそれをすることが出来ない。少年たちは、挨拶を済ましたあと、舞台の逆側から捌けていった。

 

 その後、彼らと話せるチャンスは最後の今週一位発表の時しかなかった。何せ、待機している間、スケジュールの関係でこれからのライブに向けてのインタビューがあったから。

 

 一位候補には、今人気のドラマOSTを歌ったシンガーソングライターと、最近人気の女性グループが選ばれ、最前列でMCのとなりに並び立っている。

 他の人たちは後ろでその様子をぼーっと眺めてる時間だ。さて、クーピードゥは残念なことに逆側だ。しかし、学は前を見ることはせず、ただひたすらに彼を見ていた。

 何せ、久々に芽生えた自分の欲、それを叶えるためにあの少年を捕まえることに決めていた。

 

 そして、一位が発表され、シンガーソングライターがトロフィーを持ちながら、挨拶をしている。その後ろでは、皆捌ける準備をしている中、学は少年に狙いをしっかり定めていた。

 

 そして、その時は、来た。

 

「なあ、レイくんだよな」

 

 前から来た彼にそう声を掛ける。彼は少し驚いたように目を開くと、彼は戸惑ったように返事をする。

 

「は、はい、クーピードゥのレイです。ディアラブのマナ先輩ですよね、あの、先程挨拶ができなくて……」

 

 少しばかり怯えた表情の彼。学はやばい間違えたと思いつつ、見下ろしつつも、言葉を慎重に続ける。

 

「いや、あれは俺が居なかったから……あの、さ、このあと、少し時間あったりするか?」

「あ、はい、少しなら」

 

「じゃあ、連絡先交換してもいいか?」

 

 直球の問い掛けに、彼は更に驚いたように目を見開いた。

 まるで、子犬みたいだなあと、学は心で思いつつ、そのまま彼と袖まで連れていく。そして、邪魔にならない場所で、お互いスマートフォンを開いて、連絡アプリのIDを交換した。

 

「これ、俺だから」

 

 学という文字に、アイコンは亡き父親の形見であるバイクの写真。そして、彼は美しい白い合唱団の制服を着ている幼い彼のアイコンに、花戸伶匠はなどれいしょうという名前のアカウント。

 

 ぽんっ、とお気に入りのスタンプを彼に送った。

 それは、ちょっと最近お気に入りのかわいいウサギのスタンプだ。

 

「ありがとうございます! マナ先輩、これからも仲良くしてください!」

 

 そうやって、微笑んだ彼は学にとってとても可愛い弟分。

 そし、何よりも、曲作りが趣味な学にとって、彼のような素晴らしい才能を見たら、何か一緒に音楽をやりたくなるのが世の常だ。

 だからこそ、真っ先に彼だけと連絡先を交換したのだ。

 

 

 あれから一ヶ月ほど経った。

 国を超えて、アイドルイベントに呼ばれたディアラブとクーピードゥ。

 その頃には、学と伶匠は相当仲良くなっており、伶匠の学の呼び方が「学先輩」から「学さん」へと変わっていた。

 そして、なによりも学が伶匠の声が好き過ぎるせいで、彼らのやり取りはメッセージよりもボイスチャットや電話ばかりだった。

 

 【今度カバーソング動画上げるんですけど、よければ学さんのアドバイスがほしいです】

 

 そう言って送られてくる歌声は、正直今の学のご褒美みたいなもの。全てダウンロードしては、移動中だったり、待ち時間だったりに何度も聞いている。正直、今俺の中で一番の推しだ。

 

 それに、偶に俺の自作したインストゥルメンタルに歌詞をつけて歌ってくれることもあり、今度コラボしないかと提案したら二つ返事で答えてくれた。

 

 

 【俺の可愛いレイ〜! 今日は見て、鍛えてきた!】

 【わあ、学さんの背中またキレが出てきましたね。いいな、俺もこうなりたいなあ。他にも見せて欲しいです】

 【レイはそのままでいいよ! もちろん! どこがいい?】

 【大腿筋とか、ハムストリング見せて欲しいです】

 

 しかし、なかなか直接合うことがあまりなかったため、学は本当にこの日を楽しみにしていた。

 そして、伶匠も同じように楽しみにしていると、学は思っていた。

 

 今日はゆっくり音楽についてでも話せたらと思い、風呂上がりの学は美味しいお菓子とまだ十六歳の彼に合わせてジュースを用意し、伶匠が来るのを楽しみにしていた。

 

 部屋に入ってきた伶匠を、黒いタンクトップにトレーニングパンツの俺が出迎える。

 

「学さん、こんばんは」

「お、レイ来たか、すまん、俺、風呂入ってきたからさ、ちょっと髪濡れてるわ」

「風呂上がり……」

 

 急に口数が少なくなった伶匠。学を布団に押し倒した後、学の首に顔を埋めるように抱き締めてくる。小さな彼の体躯を突き飛ばすことは学には簡単だが、そんなことは学にはできなかった。

 

「ちょ、レイ、どうした」

 

 少しばかりぐずり気味の伶匠に、学は困りつつもその頭をゴツゴツした手で優しく撫でる。しかし、その子供をあやすような行動。

 伶匠はそっと、耳元に口を寄せた。

 

「学さん、俺の声、本当に好きですよね」

 

 いつもの美しい声とは違う。

 艷やかで、重い声。囁くその声に、学の鼓膜が震えると、その身体もまたずくりと震えた。

 これはまずい、学は流石に危機感を覚える。

 

「れ、れい?」

「レイは芸名。俺の名前は、伶匠れいしょうです」

 

「知ってるけど。れ、伶匠……落ち着けって、どうしたんだよ」

 

「すみません、学さんこのままで。俺を慰めてください。お願いです」

 

「わ、わかった」

 

 伶匠がそんなこと言うものだから、学は言われるがまま彼の頭を撫でる。190近い俺と、まだ170に満たない伶匠。まだ、若い彼がこう甘えてくれるのは学的にはとても嬉しかった。

 

「よしよし、伶匠、お疲れ様」

 

 言葉と同じようによしよしと撫でて、この弟分を大切にしようと、学は、思っていた。

 

 

 しかし、学は、気づかなかった。というか、その発想が彼の中になかった。

 確実に学の腹筋に押し付けられた、明らかに主張している伶匠の下半身。

 絶え間なくすんすんっと動く伶匠の鼻。

 敢えて背中の筋肉を触れるために回された伶匠の腕。

 

 そして、可愛くて、あどけない顔の裏に備わった伶匠の頭の中。

 

(本当になんで、エッチなんだよこの人。筋肉の写真とか軽率に送ってくるし、乗せればケツの写真もくれるし。あ、風呂上がりの石鹸の匂いとか、はあエッチかよ。あーーー背中の筋肉が頭撫で撫でするたびに動くの最高。でも、真正面から見てぇよぉ。見てぇよぉ。てか、よしよしってだけなのに、低くくてかっこいい低音ボイスとかもう、俺の好み過ぎんだよ。あああああもう、本当に本当にずっと思ってたんだけど)

 

 暴走する伶匠の脳内は、年相応の男子高校生の煩悩で塗れている。

 

(学さんは、どんな顔で、どんな声で、喘ぐんだろうか)

 

 想像の中の、学。大きな巨体、動く筋肉、なによりもその気の強い顔が、自分のモノで暴かれ、快楽で歪む顔を伶匠は想像する。

 

「学さん」

「どうした、伶匠」

「本当に好きです」

「ああ、俺も好きだぞ。俺の可愛い伶匠」

 

 しかし、まだ、学さんに手を出すのは早い。

 狙うわ、もう逃げ切れないときだ。

 伶匠は舌舐めずりをしたくなるのを堪えつつ、ぎゅっと学の身体を抱きしめた。

 

 

 

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