08
その日は結局やれることもなく、家に帰って母に「本家は立ち入り禁止になっていた」と告げて終わった。せっかくの予定のない休日を、わたしは家の固定電話や訪ねてくる人たちを気にしながら漫然と過ごした。
わたしが外出している間、親族関係には母が連絡を入れたらしい。父がいないこともあり、度々かかってくる電話や来客の相手は自然と母がすることになった。遺体はまだ警察にあるはずだから、葬儀の準備などはまだだろう。結果的にやることのないわたしは家の中をウロウロし、たまにやってくる人たちにお茶を出したり、来客の相手をする母の家事を代わったりして過ごした。
「突然えらいことになったねぇ。相続とかどうしたもんか。あれ期限あるんやろ?」
近所に住んでいる父方の叔父がやってきて、ため息まじりに言った。
「確か三ヶ月だったかしら。あたしも詳しくはないけど、法定相続人の順でいったら晴ちゃんが全部相続することになるのかねぇ。普段なら本家の奥さんがもらうんでしょうけど、空美さん亡くなってるから」
「代理人っていうの? 立てんにゃならんだろうね。やっぱり兄さんかね」
「そうねぇ。聖くんがいるけど……何かねぇ、またやつれちゃって。いきなり全部任せるの可哀想じゃない。でもとにかく、当の晴ちゃんがいないっていうのが困ったもんよ。とりあえず弁護士さんには電話したけど」
「こんなこと言っちゃ悪いけどさ」と叔父が小声で言った。「晴ちゃんが見つからなかったら、どうしたらいいんやろね。兄さんだって、形だけでも持ち主になんかなりたくないよね」
廊下でこっそり話を聞きながら、やっぱり気味が悪い、と思った。皆があの家を含めて、本家の財産を誰かに押し付けたがっている。財産は本家の土地や家屋だけじゃない。かなりの価値になるはずなのに、それらも含めてほかの誰かに――というより、晴ちゃんに背負わそうとしている。
こんなの普通じゃない。
父が帰ってきたのは翌朝のことだった。たった一日の間にげっそり痩せたように見えた。
「そんなに警察で時間とられたの?」
そう尋ねると、なんと「本家にいた」と言われた。
「お父さんが? なんで?」
「今誰も本家におらんさかい」
そう答えると、父は式台に腰かけて靴を脱ぎかけたまま、ふーっと長いため息をついた。
「本家って、入れなくなってたんじゃないの?」
「入れるようにしてもらった……あーっ、うちはいいなぁ」
その言い方に「あれこれ聞いてくれるな」という意思がにじみ出ていた。それでも気になることはまだまだある。
「今夜もまた行くの?」
「いや、様子見しただけや。毎晩いなくてもいいはずなんや。あんまり空けとくとよくないだろうけど」
「そう……」
「聖くん、よっぽど急いで出かけたんやな。仏壇もそのままやった」
父が「聖くん」と呼ぶ声には暗い響きがあった。彼が一切のことを顧みず、晴ちゃんを連れて逃げたことについて、父はどう思っているのだろう。
「ねぇ父さん、あの家どうなるの?」
わたしの質問に、父は苦笑いしながら「どうなるかなぁ」と首をかしげた。
「晴ちゃんと聖くんが見つからんことにはなぁ。まぁとにかくいっぺん、専門のひとに来てもらうことになってるよ」
「専門のひとって、法律とか不動産の方? それともお寺さんとか?」
そう尋ねると、父は「ははっ」と小さく笑った。「実花子はせっかちやな。うん、お寺さんとかに近い方や。何であれいっぺん来て、色々見てもらうことになってる」
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