03
「申し訳ないんですが、あれは本当に無理なんだと思います」
玄関先までおれと晴を送り出した大男が、本当に申し訳なさそうな小声で言った。悪役プロレスラーみたいな強面と体格のよさだが、やっぱり見た目によらず優しい人なのかもしれないと思った。ちなみに霊能者本人は部屋から出てすら来ない。
「ここまで何もせずにお帰りいただくことは普段ないんです。それくらい無理なんじゃないかと」
「……そうですか」
脳裏に生まれ育った家と背後の山々のシルエットが浮かび上がった。どうしておれたちは、あんな家に生まれてしまったのだろう。
もう帰るよりほかないだろうということはわかっていた。晴はさっさと靴をはき、「いこ!」と三和土で飛び跳ねている。今のところ晴が子供らしく元気にしていることに、おれは安堵していた。
「お邪魔しました」
「お気をつけて」
玄関を出たおれたちの後ろでドアが閉まり、鍵をかける音がした。
十一月にしては屋外は暖かく、明るい陽射しが降り注いでいた。まだ正午少し前だ。
「晴、腹へった?」
「へってない」
というので、近くの公園に寄っていくことにした。
この辺りは子供が多いのだろう。芝生のある公園は結構広いし遊具がいくつも置かれている。ワンピース姿の晴が果敢にジャングルジムに登っていくので、裾を踏まないかとかパンツが見えないかとか、おれはいちいち心配をしてしまう。
「ごめんね、きっちゃん。どうだった?」
ねえさんがやってきた。あのマンションの下まで行ったとき、「ごめん、入れないかも」と尻込みしたので一旦別れていたのだ。ねえさんはたまにそういうことを言う。
「無理だって。マジに無理みたい」
「そっか」
「やっぱさ、
おれはほかの霊能者の名前を挙げた。
阿久津さんはリストの前半に載っていたひとで、ここから車で二時間ほどの隣県にある町に住んでいる。まだ二十代の若い女性だ。
ねえさんは浮かない顔になり「あの人、悪いけど心配なんだよね」と呟く。
「だって引き受けてくれたの、今のところあの人だけじゃん」
「そうだけど、あんまりアテにならない気がして……親切な人だとは思うけどね」
ねえさんは、ジャングルジムに登る晴を眺めながらため息をついた。「この人強そうだなって思った人には、みんな断られちゃったな」
あのリストは、うちに嫁いできたねえさんが数年かけてやっとこさ作ったものだ。そこに記載された十一人すべての「霊能者」のところを、今日で回り切ってしまった。ねえさんは「成果はいまいち」と考えているらしく、その表情は暗かった。
「そんな顔するなよ。晴、まだ七歳になったばっかじゃん」
おれはねえさんを元気づけたくて、心にもないことを言った。実際「時間があるようでない」ということは、ねえさんよりも、昔から兄さんを見ていたおれの方がよくわかっている。
文坂家の長子は、その子供が七歳になると遠からず死ぬことになる。
昔から連綿と続いてきた「お約束」のようなものだ。そして、その運命から晴を逃がしてやりたい――というのが、ねえさんの望みだった。
晴が七歳になって、兄は死んだ。兄がいなくなった今、ねえさんを止める者はいない。おそらく。
おれだってできることなら、晴に人並みの人生を送らせてやりたいと思っている。文坂家の運命に逆らう意志を持っている分、おれは兄とは違う。
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