第11話

 日が暮れ始める頃、ハンスは借りた荷台ごとギルドの受付へと運んだ。

 クエストの達成と、集めた素材の買取を求めるためだ。


 受付の男は荷台に積まれた魔物の量に驚き、「査定に時間がかかる」と札をハンスに渡して、人を呼びに中へ消えていった。


「それにしても随分と多くの魔物を倒しましたね。それとすいません。初めの魔物、ハンス様の意志に背くようなことをして……」

「いやいいんだ。俺も悪かった。苦しかったろう? 俺も二度とあれをセレナにかけるのはゴメンだ。奴隷紋が無ければ、いくら冒険者証が有るとはいえ、街の外は危険だ。悪いがそれは外せないが、飾りだと思って我慢してくれ」


「いえ。ハンス様は悪くありません。悪いのは私です。奴隷の私にこんなに良くしてくださる主人など聞いた事がありません」

「奴隷じゃない。セレナは仲間さ。仲間を大切にするのは当たり前だろう?」


 実際ハンスはセレナを奴隷として扱うようなことはしなかった。

 ひたすら立たせて、座ることを許さなかったり、座らせるとしても地べたに座らせるようなことはしなかった。


 また、食事もハンスと同じテーブルで同じ物を食べさせた。

 初めて食事をした時は、目の前に並べられた決して豪華とは言えない食事に、セレナは涙を流した。


 椅子に座り、きちんと混ざらぬように分けられた食事を、食器を使って食べる。

 人ならば当たり前のようにする行動が、セレナには特別なものに感じられた。


 それに、今のセレナの格好にしてもそうだ。

 いくら奴隷紋があるからといって、武器を持たせた奴隷を自分の隣に置く主人はいない。


 奴隷が自分の身を省みず、襲ってこないという保障はないのだから。

 ハンスの奴隷紋が特別製であるという事を考えても、セレナに武器を持たせて自分と一緒に戦わせるというのは、信頼の証だった。


 世間に疎いセレナは理屈で理解した訳では無いが、本能的にハンスは信頼のおける主人だと理解した。


 セレナがハンスに買い取られる前の人生と、後の生活の違いを逡巡しゅんじゅんしていると、受付から声が上がった。


「査定を待ってる十六番」

「お。査定が終わったようだ。セレナ。行くぞ」

「はい!」


 ハンスは番号が書かれた札をしっかりと握り直し、セレナと共に再び受付に向かった。

 しかし、受付の男は、ギルドの中にある応接室に行くようにとだけ二人に伝えた。


 何事かとハンスは首を傾げたが、行けと言われたものは行かないと始まらないだろうと思い、案内された応接室へ足を運んだ。

 中には買取をお願いした素材の山と、一人の女性が待っていた。


 ギルドの正職員であることを示す正装をきちっと着こなした痩身の若い女性。

 胸元には上職の証である徽章きしょうが留められている。

 少なくとも駆け出しの冒険者が直接話をするような身分ではないことは明らかだった。


「どうぞ。お入りください。ハンスさんとセレナさんですね? 初めまして。私、素材鑑定官のリーザと申します」

「それで。リーザさん。俺達の持ち込んだ素材に何か問題が?」

「ええ。回りくどい話は苦手なので率直に言いますと、どの素材も、状態が良すぎるんです」


 リーザはハンスとセレナの反応を窺うようような目つきを向けた。

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