117 神を殺せ 3

「あぐっ!?」


 斬られた右腕から凄まじい痛みが襲ってくる。

 そのせいで体が硬直した。

 でも、止まってる暇はない。

 魔神は既に次の攻撃に移っている。

 無理矢理にでも動かないと!


「《シールドパリィ》!」


 自分の体ではなく、リビングアーマー先輩を手動操作して動かし、魔神の攻撃を盾で受け流す。

 今程このスタイルに感謝した事はない。

 これなら、痛みも何もかも無視して動ける。

 でも、


「うっ……!?」


 魔神の動きが速すぎる!

 さっきとは比べ物にならない!

 暗黒闘気の強化倍率が、魔王とは桁違いだ!


 これ多分、暗黒闘気に多大な魔力を注ぎ込んで、無理矢理出力を上げてるんだと思う。

 毎日毎日ダンジョンコアに魔力を込めて、自分でも魔法を習得して魔力に慣れ親しんだ今の私は、魔法やスキルに使われている魔力量がなんとなくわかる。


 その感覚を信じるなら、魔神の体を包む暗黒闘気、そこに使われてる魔力量は膨大なんてもんじゃない。

 一秒ごとに、私の全MPでもお釣りがくるレベルの魔力が消費されてる。

 いや、それは暗黒闘気だけじゃない。

 黒槍一つとっても、MPで言えば10万くらいは軽く使われてると思う。

 それだけの魔力を使ってるくせに、全く底が見えない。

 これが魔神。

 これが神の力。

 本当に冗談じゃない。


「うぐっ!?」


 今度は脇腹を削られた。

 完成体リビングアーマー先輩を、いとも容易く破壊しやがった。

 今の魔神は膨大な魔力に糸目をつけず、身体強化に全振りしてる状態。

 そりゃ強いに決まってるか。

 むしろ、本気の神相手に耐えられてる私凄い。


 でも、このままじゃ長くは持たない。

 並列思考をフルに使って回復魔法を使い、とりあえずの止血をする。

 腕を生やしたりはしない。

 魔神相手に生身の腕なんてあっても意味がない。

 MPの無駄だ。


 更に、DPを使ってリビングアーマー先輩の修復をする。

 さすがに回復魔法程早くは回復しない。

 脇腹の破損は直ったけど、ゴッドメタルなんて超金属を使った代償か、DP修復では腕を生やせない。

 そこまで大きなパーツだと、DPで再現する事ができないんだ。

 なら、何とかして飛んでいった右腕を回収するしかない。

 それに、右腕と一緒に飛んでいったデウス・エクス・マキナがあれば、少しは事態も好転する筈!


「《シールドバッシュ》!」

「ぬ!?」


 何とか隙を見つけて、魔神を盾による打撃で弾き飛ばす。

 いくら速くなったとはいえ、魔神の剣術が素人同然なのは変わらない。

 なら、死ぬ気でよく見てればカウンターくらいできるんだよ!


「かかれ!」


 そして、私の攻撃で僅かに体勢を崩して動きが止まった魔神に向かって、精鋭ゾンビ軍団を差し向ける。

 目的は時間稼ぎ。

 今の攻防にギリギリついていける魔王ゾンビ、神道ゾンビ、ドラゴンゾンビ、フェンリルゾンビの攻撃が炸裂した。

 ダメージこそ僅かにしか入ってないけど、魔神の体勢が更に崩れる。

 続いて、他のゾンビ軍団が魔神に突撃。

 肉壁くらいにはなってくれる事を祈る!


 その隙に、転がってた右腕の下でトラップを発動。

 伸び上がる床が右腕を空中へと運び、壁から矢を放って右腕にぶつける。

 その衝撃で、右腕はクルクルと回転しながら私の方に飛んできた。

 よし、計算通り!

 ありがとう、演算能力!


「邪魔だぁあああ! 《黒斬り》!」

「うわっ!?」


 そうして右腕が右肩にドッキングした瞬間、魔神が魔法を放った。

 薙ぎ払うような闇の斬撃が、あっさりと精鋭ゾンビ軍団を引き裂く。

 そして、ゾンビ軍団を退けた魔神が、再び私に接近してきた。


 でも、さっきまでのようにはいかない!


「チェンジ『聖域の守護者ガーディアン』! 《シールドパリィ》!」

「何っ!?」


 戻ってきたデウス・エクス・マキナで『聖域の守護者ガーディアン』をコピーし、再び強化の二重掛けで魔神の攻撃を受け流す。

 その超スピードにも大分慣れてきた。

 戦えなくはないぞ!


 そして、魔神の足下でトラップを起動。

 最も原始的で、なのに滅茶苦茶使えるトラップ。

 そう、落とし穴を起動させた。


「ッ!?」


 魔神が落とし穴のせいで足を踏み外した。

 咄嗟によくわからない浮遊っぽい魔法で難を逃れたけど、攻撃するなら、その一瞬の隙があれば充分!


「《フルパワースラッシュ》!」

「くっ……!?」


 さすがに魔法を発動してる暇も、『勇者の聖剣エクスカリバー』に変えてる暇もなかったから、普通に剣術のアーツで斬りつけ、吹き飛ばす。

 ダメージは、まあ、少しは入ってる。

 でも、そっちは本命じゃない。

 私の目的は、魔神を狙った場所に吹っ飛ばす事。


 魔神が飛んでいった場所で、次のトラップを起動。

 伸び上がる床が柱となり、飛んできた魔神はその柱に叩きつけられた。

 直後、その周辺に設置しておいた他の伸び上がる床が同時に発動し、魔神を内側に捉えた柱の円が出来上がる。

 そして!


「起爆!」

「ッ!?」


 柱の側面に仕掛けられた大量の爆発トラップが同時発動し、逃げ場のない円の中で魔神を襲う。

 爆発っていうのは、一ヶ所に集約して逃げ場を失うと、威力が跳ね上がる。

 その威力は、DPによる強化も相まって、かつて生前の爺ゾンビと熱血ゾンビに放った時とは比べ物にならない。


「クソがぁあああああ!」


 それでも、やっぱり魔神を倒すには至らなかった。

 初期に比べると滅茶苦茶口が悪くなった魔神が、再びの突撃を敢行してくる。

 見るからに冷静さを失ってる。

 魔法もろくに使ってこないのが、いい証拠だ。

 これなら……


「えっ!?」


 そう思った瞬間、魔神の一撃で盾の一部が割れた。

 耐久限界に近づいてた事もあるけど、それだけじゃない。


「さっきより速く……!?」


 魔神の攻撃が、さっきより速い。

 さっきより重く、強い。

 よく見れば、暗黒闘気に費やされている魔力量が更に上がっていた。

 

「死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」


 魔神の顔には余裕がなかった。

 なりふり構わず殺しにきてる!

 ここまでの焦り……さすがに限界が近いのかも。


 魔神は確実に消耗してる。

 私との戦いだけじゃない。

 神道達との戦い。

 もっと言えば、大昔の女神との戦い。

 魔神は神殺しを食事と例えた。

 なら、自分で太古の昔と言う程長い時間封印されてきた魔神は、それだけの期間、絶食してたって事だ。


 同じ神である女神と戦って消耗し、封印されて消耗し、神道達と戦って消耗し、私と戦って消耗した。

 いくら膨大なエネルギーを持つ魔神と言えど、これだけ消耗すれば限界が来てもおかしくない。

 だったら、このラッシュを耐えきれば勝てるかもしれない!


「あああああああああ!」

「くぅ!」


 盾から伝わってくる衝撃が痛い。

 剣で受け流しきれなかった衝撃が痛い。

 腕を斬られた。

 足を斬られた。

 顔を斬られた。

 そのダメージを、今まで貯めに貯めたDPで修復していく。

 私自身の治療は最低限だ。

 とりあえず生きてさえいれば、リビングアーマー先輩が体を動かしてくれる。


 そうして何とか耐えていた時、遂にその時が来てしまった。

 魔神の剣撃を受けきれず、━━ガーディアンが砕けた。


「しまっ……!?」

「もらったぁああああああ!」


 魔神の剣が私の心臓に迫る。

 避けられない。

 受けられない。

 防げない。

 耐えるしかない。


 心臓を貫かれて生きてられるか?

 いや、大丈夫。

 やられた後、すぐに『不死身の英雄アキレウス』をコピーすれば何とかなる。

 でも、回復できても、その後は?

 ガーディアンは砕かれた。

 再展開までは時間がかかる。

 その間、デウス・エクス・マキナだけでしのぎ切れる?

 いや、そんな事を考えても仕方ない!

 とにかく今は、耐える事だけを……


 そう思った瞬間、私と魔神の間に小さな人影が割って入ってきた。


「何っ!?」


 魔神が驚愕の声を上げる。

 その小さな人影、魔王ゾンビは真装の大剣を盾に使い、更にその身を盾にして魔神の攻撃を止めていた。

 大剣は砕かれ、体は貫かれ、それでも確かに魔神の攻撃は止まった。


「ふざけるなぁああああ!」


 自分で切り捨てた魔王に刺されたな魔神!


『《ホーリーチェーン》』

「なっ!? こ、これは!?」


 更に、魔神の体をどこからか現れた純白の鎖が縛り上げた。

 何、これ?

 いや、この鎖はゾンビ化した十二使徒の死体から現れてる。

 という事は……


「女神ぃいいいいいいいいいいいい!」


 やっぱり、これは女神の力!

 加護の力を変質させたのか、最後の力を振り絞ったのか、それはどうでもいい。

 助太刀は助かった。

 今だけは、敵の敵で味方だ!


「チェンジ『勇者の聖剣エクスカリバー』!」

「やめろ! やめろぉおおおおおおお!」


 『勇者の聖剣エクスカリバー』をコピーし、剣に雷を纏わせる。

 そして、今回は女神の鎖が魔神を抑えてる間に、数秒をチャージ時間に費やす。

 雷の密度を上げ、『勇者の聖剣エクスカリバー』による破魔の力と混ぜていく。

 今の私には『聖域の守護者ガーディアン』がないんだ。

 これくらいしなければ、魔神にダメージは与えられない。


 それを準備する間、魔神は全力で暴れていた。

 もがき、足掻き、鎖にひびが入る。

 それでも、鎖は魔神を離さない。

 鎖が破壊されるよりも、私の魔法が完成する方が早かった。


 そして私は、剣に纏わせた完成した魔法を、無防備な魔神に向けて振り下ろした。


「《ヘブンズ・ライトニング》!」

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!?」


 魔を滅する雷の斬撃が魔神を斬り裂く。

 その一撃で体の殆どを消滅させられた魔神の成れの果てが、ボス部屋の床に転がる。

 女神の鎖はもう消えた。

 でも、魔神が私を攻撃する事はない。

 もう、そんな余力がないからだ。


「回復、回復を! ああ、なんで、体が崩れる……!? エネルギーが、魔力が足りないぃいい!」


 最後に残った魔神の生首が叫ぶ。

 回復しようとしてるのか、首の断面に何度も何度も魔力が集まってるけど、それが形となる事はない。

 どうやら、本当に魔力が尽きたらしい。

 これで終わりだ。

 私は、もう一度剣を振り上げた。


「そんな、馬鹿な! 僕が、この僕が、こんな所で……!」


 そうして私は、いつものように躊躇なく剣を振り下ろした。


「消えたくない……消えたくない……消えたくない……消え……た……く……な…………」


 『勇者の聖剣エクスカリバー』をコピーしたままの剣が魔神の生首に突き刺さる。

 それから少しすれば、破魔の力が流し込まれたのか、魔神の生首は徐々に消滅していき、最後は塵一つ残さずに消えた。

 私とダンジョンコアに、莫大なんて言葉じゃ言い表せない程の経験値とDPが入ってくる。


 そうして、戦いは終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る