勇者VS魔神 2

「勇者様!」

「なんて傷だ……! 治療を急げ!」

『ハッ!』


 聖騎士団の人達が倒れた僕を見つけ、治療を手伝ってくれた。

 何人かの回復魔法が僕に重ね掛けされる。

 ありがたい。

 これで、復活までの時間が少しは縮まった。

 でも、その間にも戦いは続いている。


「《黒槍》」


 魔神が魔法を発動した。

 あの魔王をも貫いた闇の槍。

 それが、この場で一番狙いやすい巨体を持った大亀に向かって放たれる。


「なんの!」


 だが、大亀は急速に体を縮める事でそれを避けた。

 高位の魔物が使う人化の力を使ったのだろう。

 僕もさっき目の前でやられたから、あの動きの厄介さは身に染みてる。

 標的を外した闇の槍が、空の彼方に向かって飛んでいった。


「む。やるね」

『ガァアアアアアアアアア!』


 感心したような魔神に向かって、魔物の群れが数に任せて襲いかかる。

 あまり効果があるとは思えないけど、それでも撹乱くらいにはなるかもれない。

 そして、よく見れば魔物の群れに紛れて、魔王軍幹部や十二使徒の人達もまた突撃していた。

 魔物の群れを隠れ蓑に使った奇襲作戦。

 上手い!


「鬱陶しいな」


 それに対して、魔神は少し眉を細めてそう言い、指を鳴らした。

 その瞬間、空中に作成される無数の闇の槍。

 それを見て、冷や汗が出た。

 だって、数が尋常じゃない。

 これじゃ、まるで……


「《黒槍・雨天》」

『グギャアアアアアアアアアア!?』


 その名の通り、辺り一帯へと、まるで雨のように降り注ぐ即死攻撃。

 それに貫かれて、多くの魔物と多くの人達が絶命した。

 幹部や十二使徒の中ですら、半分くらいが避けきれずに死んだ。

 残りの半分も決して無傷じゃない。

 何せ、かするだけで大ダメージなのだから。

 かく言う僕だって危ない。

 動けないんだから格好の餌食だ。


「《ホーリーランス》!」


 苦し紛れの神聖魔法で、何とか迎撃できないか試してみる。

 結果は半分成功。

 相殺する事はできなかったけど、軌道を逸らして直撃を避ける事はできた。

 でも、逸らせた軌道は本当にほんの僅か。

 僕の周りで、僕を治療してくれていた人達までは守れなかった。


「皆さん……!」


 それでも、彼らは逃げずに最期の瞬間まで僕に回復魔法を掛け続けた。

 おかげで、何とか動ける程度にまで体が回復する。

 この人達の犠牲も、決して無駄にはしない!


「ふーん。思ったより残ったね。優秀だなー」

「うぉおおおお! 光れ━━『エクスカリバー』」


 まだ痛む体を気力で無理矢理動かし、復活した真装を再展開して、魔神に向かって走る。

 作戦はない。

 そんなものを立てている時間はない。

 とにかく、僕があいつを抑える!

 そうしないと、何も始まらないのだから。


「まだ生きてたんだ。君もしぶといね。なら仕方ない。あんまり消耗したくないけど、もう一発プレゼントしてあげるよ」


 魔神が掌を僕に向ける。

 さっきの魔法が飛んでくる!

 でも、あの攻撃範囲の広さを考えれば、この位置で避けられる筈がない!

 なら、僕にできる事は一つ。

 あの魔法が放たれる前に、魔神の懐に入り込む!


「間に合えぇえええ!」

「遅いよ。《闇神の……」


 くっ!?

 間に合わない!


「《グランドクエイク!》」

「うん?」


 その時、地面が激しく揺れた。

 いや、正確には魔神周辺の地面だけが。

 これは、ウルガーさんの『大地の支配者ヨルムンガルド』の力!

 それによって、魔神が体勢を崩す。

 それでも、魔法の発動を止めるには至らない。


「小賢しい」

「《ヴァンパイアウィップ》!」

「わ」


 体勢の崩れた魔神に向かって、今度はヴァンパイアの真装である鞭が振るわれた。

 下からの強烈な一撃によって、体勢の崩れていた魔神の腕を上へと弾く。

 そして……さっきの大魔法は空へと放たれ、誰にも当たる事はなかった。


「あちゃー、やってくれたね」

「今だ、勇者!」


 わかってる!

 この千載一遇のチャンス、無駄にはしない!


「おおおお! 《ブレイブソード》!」


 僕の持つ近接最強の技。

 最も激しい光を纏った剣で、力の限り魔神を斬りつける!

 魔神の体に、初めて深い傷が刻まれた。

 そして、斬りつけた勢いのままに、魔神は吹き飛んでいく。

 

「うっ……!」

「この期を逃すな! 一斉攻撃!」

「《フェニックス・ストライク》!」


 ウルガーさんの号令。

 それに答えたように、まずは不死鳥が体に炎を纏わせたタックルを魔神に食らわせた。 


「《破滅のメロディー》!」

「《フルパワースラッシュ》!」


 続いて、セイレーンの音波攻撃と、デュラハンによる強烈な斬撃。

 

「《ソードインパクト》!」

「《カオスインパクト》!」


 更に、『剣の英雄ランスロット』の使い手ギリスさんと、『導きの魔導師オルフェウス』の使い手ルーナさんによる、剣と魔法の連撃が炸裂した。


「《ヴァンプティロード》!」

「《メテオガイア》!」


 ダメ押しとばかりに、ヴァンパイアの必殺攻撃と、ウルガーさんの土魔法による巨大な岩石が魔神を押し潰す。


「《タートルプレス》!」


 そして、トドメに大亀が岩石ごと魔神を踏み潰した。

 これだけの連続攻撃。

 効いてない筈がない。

 でも、これで仕留められたとも思わない。

 それだけ、魔神から感じた力は圧倒的だった。


 だから、僕は魔神の下へと再び走る。


「……あんまり調子に乗らないでほしいなぁ」

「ひょ!?」


 そんな声と共に、魔神を踏み潰していた大亀の足が、下から放たれた闇の魔法によって消し飛んだ。

 そして、やっぱりそこに奴はいた。

 しっかりとした足取りで、魔神は未だに立っている。


 でも、ダメージがない訳じゃない。


 着ていた豪奢な黒いローブはボロボロになってるし、体の至るところから血を流している。

 攻撃は無駄じゃなかった。

 魔神は確実に弱ってる。

 なら、勝てる!


「《ブレイブソード》!」


 そう信じて、僕は再び最高の一撃を振るった。


「……不愉快だなぁ。君達みたいな下等生物が、神である僕にここまで歯向かうなんて。

 ああ、本当に不愉快だ。

 だったら本気で相手をしてあげるよ。

 せいぜい、絶望するといい」


 魔神が手を虚空に掲げる。

 その動作に、僕はこれ以上ない程の嫌な予感を覚えた。

 だって、その動作は見慣れてる。

 嘘だろ。

 そんな、まさか……!


「闇に堕ちろ━━『ダークネス』」


 魔神の手の中に、闇を纏った漆黒の剣が現れる。

 まるで芸術品のように綺麗で、なのに凄まじくおぞましい気配を放つ剣。

 それは紛れもなく、魔神の真装だった。


 漆黒の剣が、僕の最高の一撃を容易く受け止める。

 闇が、光を呑み込む。

 しかも、あれだけ必死になって与えたダメージが、僕の目の前でみるみるうちに回復していく。

 それはまさに、絶望的な光景だった。


「自分の内に眠る真なる力を外に解放し、その力との相乗効果によって自身の戦闘力を爆発的に上げる技法、真装。

 これは別に、この世界限定の力じゃない。

 名前は違えど、似たような技法を駆使する世界はいくつもある。

 当然、そんな世界をいくつも滅ぼしてきた僕に使えない道理はないのさ。

 どうだい? 絶望しただろう?」

「ぐあっ!?」


 攻撃直後、しかも動揺して硬直した隙を突かれ、魔神の剣に両腕を斬り裂かれた。

 そのまま、腹を蹴られて派手に吹き飛ぶ。

 痛みに呻きながら何とか顔を上げれば、魔神が地面に片手をつけていた。


「《暗転》」


 その一言と共に、地面が黒く染まっていく。


「これで終わりだよ」


 そして、地面から闇が噴き出す。

 それが全てを呑み込み、消滅させる魔法なのだと直感した。


 だが、全てが消え行く、その瞬間。


「うん?」


 突如として、周りの景色が変わった。

 エールフリート神聖国の街並みから、どことも知れない暗い場所へと。

 真っ暗で何も見えない。

 でも、地面に感じる感触から、ここが魔神の放った闇の中ではないという事だけはわかる。


「交代」


 直後、声が聞こえた。

 聞き間違える筈のない声。

 かつて好きになり、今は敵に回って、この手で決着をつけると誓った少女の声。


 その声が聞こえた次の瞬間。

 首筋に衝撃を食らい、僕の意識は闇に沈んだ。

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