勇者と苦渋の戦い 2

「《ソニックランス》」

「くっ!?」


 僕の目の前に、槍による攻撃が迫る。

 そんなに速くもないし、強くもない。

 恐らく、普通に食らうだけならダメージにならないだろう。

 でも、その一撃は的確に僕の眼球を狙っていた。

 それはさすがに防ぐしかない。


「ユウマ! 避けろ!」

「ッ!?」


 槍の一撃をエクスカリバーで弾いた時、正面からアイヴィさんの警告が聞こえた。

 直後、槍使いの人の腹を貫いて、アイヴィさんのティルファングが突き出される。

 予想外の攻撃に対処できず、その攻撃を脇腹に食らってしまった。

 アイヴィさんのステータスなら、僕に対しても普通にダメージが通る。

 少しすればHP自動回復で治る程度のダメージだけど、今の状況では決して無視できない。


 そして、アイヴィさんに腹を貫かれた人は、一瞬でダメージを回復した。

 多分、これがこの人の真装の専用効果。

 なるほど、これがあるからこその今の攻撃か。

 見事にしてやられた。


 しかし、それを嘆く暇もない。


「うっ……! 《フェザーバレット》!」

「《サンシャインアロー》」

「《スピニングスタッド》」

「《大斬り》」

「《メガトンプレス》」

「《インパクトナックル》」

「クソッ……!」


 痛みで動きが鈍った一瞬の隙に、操られてる中でも特に強い人達が一斉攻撃を仕掛けてくる。

 多分、この人達は全員が真装使い。

 他の人達と違って目に光がないのが気になるけど、それを気にしていられない程に攻撃は激しい。

 今のラッシュで何発か食らった。

 このままだと、回復する暇もなくダメージを受け続けて死ぬ。


「《超熱血パンチ》」

「《スパイラルランス》」

「うぐっ!?」


 畳み掛けるように、今度はカルパッチョさんと、いつの間にか復活していた指揮官さんの攻撃。

 熱と水の同時攻撃を食らい、僕は吹き飛ばされる。


 カルパッチョさんはこの中で唯一、既に生のないゾンビだと完全に判明してる人だ。

 親しくしてくれた人とはいえ、あれは既に動く死体。

 だから、倒さなければならない。

 その覚悟は決めてきた……その筈だった。


「《フォトン……くっ!」


 光を纏った剣でカルパッチョさんを薙ぎ払おうとして……途中で体が硬直する。

 できない……!

 体が言う事を聞いてくれない!

 この人を斬るという事に、僕は大きな抵抗感と躊躇を覚えている。

 それこそ、こんな土壇場でも体が止まってしまうくらいに。


『偽勇者ぁああああ!』

『勇者様ぁああああ!』


 そうして僕が葛藤する間にも、敵は待ってくれない。

 今度は操られた兵士の人達が突撃してくる。

 敵意剥き出しの人達と、アラクネに操られた正気の人達。

 どちらも殺す訳にはいかない。


 でも、その人達の体が唐突に弾け飛んだ。


「《ウルフタックル》!」


 見れば、両腕を前で交差させたフェンリルが、操られた人達の後ろから突進してきていた。

 邪魔だとばかりに、その人達を粉砕しながら。

 なんて事を!


「ぐっ!?」


 フェンリルの突進を咄嗟に左腕でガードした。

 けど、その勢いを完全に受け止める事はできずに、吹き飛ばされる。

 しかも、ガードした左腕から嫌な音が鳴った。

 折れて……はいないと思う。

 確実に大きな罅は入っただろうけど。

 でも、この程度!


「ハァアアアア!」

「ぬ!?」


 両足を地面に突き立て、強引に吹き飛ばされた勢いを殺した。

 そのまま足に力を籠め、フェンリルに向けて肉薄する。

 こいつは魔物であり、魔王軍の幹部。

 大勢の人々を殺す明確な敵。

 こいつにだけは、遠慮はいらない!


「《シャインストライク》!」


 光を纏った高速の突きを、突進の反動で動きが止まったフェンリルに向けて繰り出す。

 フェンリルは咄嗟に防御の構えを取ったけど、それは悪手だ。

 僕の真装の専用効果『勇者の聖剣エクスカリバー』は、魔物に対して特化ダメージを与える。

 あのドラゴンの鱗ですら、直接斬りつければバターのように斬り裂いた。

 単純な防御でこの一撃は防げない。


 もらった!


 そう思った瞬間、フェンリルと僕の間に、フードで顔を隠した人が割って入った。

 マモリの側に控えていた人だ。

 そして、その人は手に持った見覚えのある一本の剣で、僕の剣を受け止める。


「《カウンターストライク》」

「がっ!?」


 その人は、僕の攻撃を見事に受け流してみせた。

 しかも、カウンターで背中を斬り裂かれる。


 でも、僕は咄嗟に体を捻る事で、致命傷を避ける事ができた。


 知っていたからだ。

 この技を、この動きを。

 だってこれは、異世界に召喚されてからの訓練で何度も目にし、何度も食らった技なのだから。


「恭四郎……!」


 今の攻防でフードが捲れ、その人物の顔が明らかになった。

 彼の名は、つるぎ恭四郎きょうしろう

 僕の幼馴染で、小さい頃から剣道をやっていた、剣の達人。

 この世界でも、今までの経験を活かして、あっという間に実戦剣術を習得してみせた、自慢の友人だ。


「《エレメンタルブラスト》」

「ッ!?」


 咄嗟に恭四郎から距離を取った時、今度は一際強力な魔法が飛んできた。

 これも知っている。

 同時習得が極めて難しいとされる、全属性の攻撃魔法を混ぜ合わせた、必殺の一撃。

 初めて使った時、教官だったランドルフさんに褒められて恐縮していた魔法。

 弱点は、発動までに少し時間がかかる事。


 それが飛んできた方を見れば、やはり知っている顔がいた。

 守の側に控えている、フードで顔を隠していた、もう一人の人物。


「彩佳……!」


 彼女の名前は、魔木まぎ彩佳あやか

 恭四郎と同じく、小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染。


 彩佳と恭四郎。

 異世界に来た時、心から守りたいと思った二人。

 それが今、敵として僕の前に立ち塞がっていた。


「ぐっ……!?」


 二人はゾンビにされているのか。

 それとも、ただ操られているだけなのか。

 救えるのか。

 救えないのか。

 判断がつかない。


 希望と絶望が、僕の心を大きく乱す。

 結果、動きは荒くなり、被弾が増え、尚一層追い詰められていく。


「隙あり!」

「がはっ!?」


 その隙を突かれ、一番攻撃力のあるフェンリルの蹴りを、諸に胸に食らった。

 肋が折れる感触。

 肺まで傷ついたのか、口から血が出てきた。

 痛い。


 その衝撃で吹き飛ばされ、砦の壁にめり込んだ。

 そこに、アイヴィさんが躍りかかる。


「《アポロスラッシュ》!」

「あ……」

 

 それは絶好のタイミングだった。

 僕は、動けなかった。

 ただ、迫りくる終わりを見ている事しかできない。


 でも、何故か少しだけ救われたような気がした。


 これで、やっと終われる。

 苦しい現実から解放される。

 攻撃が当たるまでの刹那の瞬間、僕は諦めと共に自分の死を受け入れた。


 だが。


「このぉおおおおおおおおおお!」

「ッ!?」


 僕は死ねなかった。

 死ななかった。

 攻撃が外れたのだ。

 アイヴィさんの業火を纏った剣の軌道が逸れ、僕の左腕を斬り飛ばすだけの結果に終わった。


「ユウマ……諦めるな!」


 攻撃の為に接近したアイヴィさんが叫ぶ。

 その体は、小刻みに震えていた。

 まるで、絶対の支配に抗うかのように。


「お前が諦めれば……人類は終わりだ……勝手に喚び出した私達が言えた義理ではないが……それでも恥を承知で頼む……どうか、諦めないでくれ……『勇者』!」


 ……勇者。

 人類の希望。

 魔王を倒し、世界を救う者。

 ただの高校生が背負うには、あまりにも重すぎる立場。


 もう嫌だ。

 辛い、苦しい、悲しい。

 いっそ終わってしまいたい。

 死んで楽になりたい。

 それは嘘偽りのない僕の本音だ。


 でも。


「う、ぉおおおおおおおおおおお!」


 それでも、僕は立った。

 エクスカリバーを杖代わりにして、震える足で立ち上がった。

 終わってしまいたい。

 死んで楽になりたい。

 それは嘘偽りのない僕の本音だ。


 でも、僕の心にあるのは、それだけじゃない。


 まだ死ねない。

 まだ終われない。

 やり残した事があるんだ。

 終わるのなら、死ぬのなら、せめて最後の最後まで足掻いてから死ぬ!


「……ありがとう、ユウマ……よく立ち上がってくれた……。

 ならば……私も意地を見せる時だな……!

 ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 そんな僕の前で、息も絶え絶えになりながら、アイヴィさんが叫ぶ。

 そして、アラクネによる支配を強引に絶ちきり、━━その剣で自分の心臓を貫いた。


「アイヴィさん!?」

「ユウマ……これで私は死ぬ……だが、このままでは……死んだ後も奴らの手駒だ……。

 お前に更なる業を背負わせる事になるが……すまん……頼む……お前の手で……死体も残さず消してくれ……!」

「!?」

 

 絶句した。

 その覚悟の重さに。

 背負わなければならない、命の重さに。

 拒絶反応で体が震える。

 悲しみで、涙が溢れてくる。


「ユウマ……勇者とは人類の希望だ……!

 魔王の手先に操られ……勇者を害する事を望む者など……誰一人としていない……!

 断ち切れ……ユウマ……! 私の死と共に……迷いを!」

「ッ!」


 頭の冷静な部分が、それしか生き残る方法はないと訴えってくる。

 頭ではなく、心が、感情が、やりたくないと悲鳴を上げる。


 けど、僕は震える手で剣を構えた。


 ここで逃げれば、ここで臆せば、アイヴィさんの命懸けの想いを無駄にしてしまうから。

 僕が覚悟を決めようとしていると気づいたのか、そうはさせじと他の人達が一斉に飛びかかってくる。

 それを振り払うように、僕はとあるスキルを発動させた。

 殺してしまわないように、今の今まで封印していた、あるスキルを。


「《聖闘気》ィ!」


 聖なる光のオーラを纏い、ステータスを爆発的に上昇させるスキル、聖闘気。

 これを使った状態で手加減なんてできない。

 その状態で僕は、迷いを断ち切るように、残った右腕で剣を振るった。


「《フォトンストリーム》!」


 光の奔流が、操られた人達を消し飛ばしていく。

 既に瀕死となっていた、アイヴィさん諸共。


「ありがとう、ユウマ……」


 最後に、そんな声が聞こえた。

 そして、僕は涙で滲む目を見開き、残りの敵を見据えたのだった。

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