98 国境砦の戦い、第二ラウンド

 数日をかけて首都から進軍してきた、偽勇者討伐軍。

 その中にはオートマタをはじめ、不死身ゾンビ、熱血ゾンビ、剣ゾンビ、魔木ゾンビ、議員どもの護衛をしていた真装使いゾンビ軍団と、私直轄の手駒が多く混ざってる。

 ちなみに、残りのゾンビは留守番だ。

 爺ゾンビは耐久力的に乱戦には向かないだろうし、ゴブリンゾンビとドラゴンゾンビは魔王軍の見ている前で使う訳にはいかない。

 先生ゾンビと隠密ゾンビも、乱戦での流れ弾で壊れそうだから却下。

 非戦闘用のゾンビは言うまでもない。


 でも、今回の主力はゾンビではなく偽勇者討伐軍だ。

 しかし、ここで一つ問題がある。

 それは、この大軍勢は完全に私の支配下にある訳ではないという事。

 この軍勢の中で私の息がかかってるのは、調教によって操ってる指揮官と老犬議長。

 あとは出発までの数日で調教した兵士が何人か。

 そのくらいだ。

 他は、その指揮官と老犬議長を使って、間接的に操ってるに過ぎない。


 この後、こいつらには勇者一行だけではなく、恐らく奴らを守ろうとするだろう自国の兵士とも戦ってもらう事になる。

 つまり、味方同士で殺し合う訳だ。

 その時、偽勇者討伐という目的だけで味方を殺してくれるかどうかは怪しい。

 最悪、素面に戻って向こうに加勢する可能性すらある。

 そう思った私は、国境砦が見えてきたタイミングで、ちょっとした小細工を使う事にした。


 今回手に入れた真装使いゾンビ軍団の中に、おもしろい能力を持ってる奴がいたから、それを使ってみたのだ。

 ちなみに、その能力がこちら。


ーーー


 『魔花の芳香ラフレシア


 杖の先から香りを発生させ、それを吸い込んだ者に任意の状態異常攻撃を仕掛ける事ができる。


ーーー


 これは凄い能力だ。

 つまり、相手を殆ど問答無用で状態異常にする訳だから。

 難点は、かける相手の魔耐のステータスが高いと効かない事。

 あと、 広範囲に香りを撒き散らすので、敵味方関係なく攻撃してしまう事。

 つまり、敵を毒状態にしようと思ったら、もれなく味方も毒状態にしてしまうのだ。

 普通なら非常に扱いに困ると思う。

 ウチは、状態異常の効かない無生物系モンスターばっかりだから気軽に使えるけど。

 唯一危ないのは私本体とリーフくらいじゃないかな。

 ……防毒マスク作っておこう。


 で、今回はその能力を偽勇者討伐軍全員にかけてもらった。

 選んだ状態異常は『興奮』と『狂化』。

 興奮状態の上に、理性を飛ばしてステータスを上げる狂化を組み合わせた。

 この状態になってれば、勢いに任せて深く考えずに、味方殺しもやってくれると思う。

 まあ、ラフレシアゾンビのステータスはそこまで高くない。

 その分、かかりが薄いだろうし、完全に理性が飛ぶって程じゃないのが不安要素かな。

 いや、でも、逆に言えば命令を聞く余裕が少しは残ってるって事だし、そこまで不安に思う事もないか。


 と、まあ、そんな感じで、偽勇者討伐軍改め、バーサーカーの群れは国境砦に到着した。

 

「戦闘開始!」

「魔法、放て!」


 そして、有無を言わせず開戦。

 老犬議長と指揮官の号令により、魔法攻撃の雨が砦に向けて降り注ぐ。

 やっぱり味方からの攻撃で動揺したのか、砦側は咄嗟の対処が間に合わずに、多くの魔法が砦に命中。

 しかし、兵士が多くいる箇所への攻撃は失敗した。

 超強力な風の魔法が、その箇所への攻撃魔法を吹き飛ばしたのだ。


 そして、それをやったと思われる人物が、空から偽勇者討伐軍の前に降り立った。


「……その装備、アワルディア共和国の正規軍とお見受けしますが、これはいったい何の真似ですか?

 味方への攻撃に加え、ここに勇者様が滞在していると知った上での狼藉ならば、ただでは済まされませんよ」


 そう語るのは、天使のような翼を生やした少女。

 勇者一行の一人、エマとかいう女だった。

 その台詞は至極もっともなのかもしれないけど、今となっては、それで止まるバーサーカー軍団ではない。


「黙れ! 魔王の手先に語る事などない! 諸君! あれは偽勇者の仲間である! 滅ぼすのだ!」

『オオオオオオオオ!』


 聞く耳持たぬとばかりの老犬議長の宣言により、こちらの攻撃が再開。

 魔法を打ち込むと同時に、指揮官率いる近接戦闘部隊が突撃を開始した。

 オートマタもまた、ゾンビ軍団を引き連れて指揮官に続く。

 ポジションはもちろん、指揮官達を肉壁にできる位置だ。


「どうなっているのですか……!」


 混乱しながらも、エマとかいう女は、砦の連中と一緒に、こっちに向けて魔法を撃ち、進路を妨害してきた。

 でも、心なしか威力が弱い。

 殺す為ではなく、近づかせない為の魔法って感じだ。

 これなら、真装使いの力で強引に突破できる。


「……致し方ありませんか」


 そう思った瞬間、エマとかいう女が、上空でなんか大技を繰り出すみたいな態勢に入った。

 奴の周りに暴風が渦巻いている。

 どうやら、殺す気で攻撃するつもりらしい。

 もう少し悩んでくれるかと思ったのに。


「《トルネードブラスト》!」


 そして、風の大魔法が放たれる。

 その威力は、爺ゾンビや魔木ゾンビよりも遥かに上だ。

 でも、二万を超えるステータスに真装による強化が加わってるにしては、まだ弱く感じる。

 多分、肉壁が仕事してるんだと思う。

 操られてる可能性を考慮したのかはわからないけど、人間側の戦力を無為に削りたくないのか、それとも単純に人殺しを嫌がったのか。

 まあ、なんでもいい。

 

 重要なのは、そんな手加減した攻撃くらい、今の戦力でも充分に防げるという事なんだから。


「《タイダルウェイブ》!」

「《カオスインパクト》」

「《スカイスラッシュ》」

「《熱血気合い砲》」


 +その他もろもろ。

 指揮官、並びに真装使いゾンビどもによる合体迎撃技が、風の大魔法とぶつかり、完全に相殺した。

 ……というか、相殺止まりなんだ。

 こっちは20人以上の真装使い(遠距離攻撃が不得意な奴含む)の力を合わせてるんだから、押し返して王都の時のドラゴンみたく吹き飛ばせるかと思ったのに。

 改めて、十二使徒ヤバイ。


「くっ……! これでもダメですか。なら……!」


 大魔法を防がれたエマとかいう女が、更なる力を籠めた魔法の発動準備を始めた。

 それはマズイ。

 さすがに、これ以上の威力となると、確実に防げる保証がない。

 あんまり使いたくないけど、対遠距離用の奥の手を使った方がいいかもしれない。


 でも、私の心配は無用になった。


 砦の反対側から飛んできた巨大な狼が、エマとかいう女に向かって爪を振り上げた事によって。


「なっ!?」

「《ウルフスラッシュ》!」


 完全に不意を突かれたのか、エマとかいう女は最低限の防御しかできずに、フェンリルの攻撃をもろに食らって地面に叩きつけられた。

 そして、瞬時に人化形態へ変身したフェンリルが近くに降り立つ。

 ……面倒な事になるから、こっち側には来ないでって言ってたおいた筈なのに。


「魔物が出たぞ!」

「仲間割れか!?」

「関係ねぇ! 殺せぇ!」


 案の定、バーサーカー軍団はフェンリルに向けて突撃を開始してしまった。

 一応、指揮官率いる部隊をはじめ、半分くらいは「偽勇者が先じゃぁああ!」と叫びながら砦に侵入を開始したけど、こんな所で肉壁が二手に分かれちゃったよ。

 頭が痛い。


「かかって来い、人間ども! 皆殺しにしてくれる!」


 そして、フェンリルによる蹂躙が始まってしまった。

 頭が痛い。

 作戦は伝えておいた筈なのに……。

 脳筋には難し過ぎたのかな!?


「……ッ!」


 その隙に、エマとかいう女が飛び上がった。

 砦に一時撤退するつもりだと思う。

 させるか!


「遊ぼう━━『マリオネット』!」

「え!?」


 ゾンビ軍団に追撃を命じようとした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 その声に合わせるかのように、エマとかいう女の動きが不自然に止まる。

 よく注意して見ると、その体には細い糸が巻き付いているように見えた。


「こっちにおいで!」

「ッ!?」


 エマとかいう女の体が、糸で引っ張られるように急降下する。

 その着地点を見れば、案の定、見覚えのある魔物がいた。


「新しいお人形さんだー! 凄い強そう!」


 アラクネ、お前もか……。

 幹部が、ことごとくこっちの指示を無視して勝手に動いてる。

 なんだろう。

 何日も待たせちゃった反動なのかな。

 魔王はよくこんな連中を率いて戦えるもんだよ。

 今だけは素直に尊敬する。


 それはともかく。

 アラクネは、ちょうどオートマタの近くに現れたので、声をかけておこう。


「ニコさん」

「あ、お姉ちゃんだー! やっほー!」

「やっほー、じゃないです。こっちには来ないように言っておいた筈ですが?」

「そうだっけ?」


 こいつ……!

 まあ、仕方ない。

 このくらいは許容範囲だ。

 どっちみち、こいつらを完璧にコントロールできるとは思ってない。


「とりあえず、そいつを早く殺してください」

「やだ!」

「……一応聞いておきますが、理由は?」

「お人形さんは元気じゃないとおもしろくないんだよ!」


 理解できない。

 嗜虐趣味……いや、深く考えるのはよそう。

 頭が痛くなるだけだ。

 まあ、こいつもどうせ替えのきく十二使徒。

 殺したくないなら、別にそれでもいい。


「なら、早くそのお人形さんを連れて砦を攻めてください」

「はーい!」


 そうして、アラクネはもがくエマとかいう女を連れて、砦へと向かって行った。

 なんとか軌道修正できたか。

 次はフェンリルに声かけしないと。

 指揮官はもう砦内部に攻め込んじゃったみたいだし、急がないといけない。


 こんなんで大丈夫だろうか……?


 私は内心で、激しく不安に駆られた。

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