80 リーフの復讐

「復讐したいなら、あなたが殺ってもいいよ」


 ご主人様に言われた言葉が、頭の中で何度も響く。

 降って湧いた復讐のチャンス。

 憎くて憎くて堪らない連中は今、全員、身動きできない状態で足下に転がってる。

 ご主人様の言う通り、殺そうと思えば無力なボクでも殺せるだろう。


 でも、それをしたら戻れない気がした。


 相手は盗賊。

 相手はお父さんを殺した奴らで、たった今、ボク達の事も殺そうとした連中。

 殺したとしても誰にも文句を言われない。

 それどころか感謝されるかもしれないくらいだ。


 それなのに、ボクは躊躇していた。

 人を殺すのはいけないなんて、薄っぺらな事を言う気はない。

 でも、人を簡単に殺してしまったら、ボクもご主人様や魔王様みたいな魔物になってしまう気がした。

 それが怖かったんだ。


 脳裏に、魔王様によって更地にされた王都の光景が甦る。

 あの時、何百人、何千人という人達が死んだんだろう。

 それはボクがやった事でもある。

 ボクが魔王様を王都に案内したから、あんな事が起きた。


 命令された事だから仕方ない。

 そうやって、ボクは自分の罪から目を背けてきた。


 奴隷に拒否権なんてないんだから仕方ない。

 そうやって言い訳しながら、ボクはご主人様に街や国の情報を教えてきた。

 我が身可愛さに。

 自分がご主人様に捨てられないように、ボクは他人を売った。


 そして、今回の件だ。

 ここで、自分の手で人を殺してしまえば、もう言い訳の余地はない。

 人を殺したという実感が、確実にボクの心を襲うだろう。

 それに、ボクは耐えられないかもしれない。

 それが堪らなく怖い。


 だから、ボクは動けなくなった。


「な、なあ、お、俺は殺さないよな? 俺は冒険者だぞ? 盗賊じゃないんだ。

 冒険者を殺したとギルドにバレたら、どうなるかわかってるだろ?

 だから頼む! 俺だけは見逃してくれ!」

「てめぇ! ふざけんな!」

「自分だけ助かろうとしてんじゃねぇよ!」

「このクズがぁ!」

「煩いカスども!」


 そうしてボクが硬直した時、昨日ボク達に絡んできた冒険者の人が、自分だけ助かろうと命乞いをして、それを見た盗賊達が騒ぎ出した。

 そして、冒険者の人に目を向けたご主人様が、彼に近づいて行く。


「な、なあ! 頼む、命だけは助けてくれ! 助けてくれたなら、あんたの言う事なんでも聞く!

 俺はB級冒険者だ!

 できる事は多いし、色んな所に顔が利く!

 絶対にあんたの役に立つ筈だ!

 だから……」

「煩い」


 その言葉を途中で遮って、ご主人様は剣を振るい、あっさりと冒険者の人の首を飛ばした。

 転がった首と、血飛沫がボクの所まで飛んでくる。


『うわぁあああああ!?』


 盗賊達が恐怖で泣き叫んだ。

 ボクは呆然とそれを眺めていた。

 思えば、ご主人様が本当に人を殺すところを見たのは初めてかもしれない。


「殺らないなら私がやるけど、どうする?」


 そう言って、ご主人様は手に持った剣をボクに差し出した。

 震える手で、血塗れの剣を受け取る。

 咄嗟に体がそう動いた。

 まるで、殺れと命令されてるように感じたからかもしれない。


 その剣を持って、まずは瀕死で倒れているお頭と呼ばれた男の所に行った。

 緊張で乱れる息を整えて、剣を振り上げる。


「た、助けてくれ……」


 お頭と呼ばれた男が、かすれた声で命乞いをしてきた。

 その声を聞いた瞬間、━━ボクの中で何かが弾けた。


『た、頼む! この子だけは助けてくれ!』


 脳裏に甦るのは、お父さんの最期の言葉。

 最後の最後までボクを心配してくれた父の言葉。

 そう言ったお父さんを、こいつはどうした?

 嗤いながら殺したじゃないか。


 ボクは、ありったけの力で、そいつに剣を突き刺した。


「ギャアアアアアアアア!?」


 突き刺す。

 突き刺す。

 突き刺す。

 もうどうでもいい。

 難しい事を考えるのはやめだ。

 今はただ、お父さんの仇を討たないと。

 こいつを、できるだけ苦しめて殺さないと。

 そうじゃないと、お父さんが浮かばれない。


 その一心で、ボクは剣を突き刺し続けた。

 何度も、何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 そうする内に、剣の切れ味に助けられて、非力なボクの力でも、お頭と呼ばれた男をグチャグチャにする事ができた。


 そして、ボクは他の盗賊達に目を向けた。


『ヒィ!?』


 ああ、まだこんなにいるじゃないか。

 殺さないといけない奴らが。

 殺さなきゃ。

 ころさなきゃ。

 コロサナキャ。


「や、やめ……!」

「いだ、いだいぃいい!?」

「あ、ぁぁぁ……」

「うわぁあああああ!?」

「死ぬ……死ぬぅ……」

「助け……ガハッ!?」


 そうして、どれだけの時間が経っただろうか。

 無我夢中で剣を振るって、振るって、振るって。

 殺して、殺して、殺して殺して殺して。

 いつの間にか、盗賊達は全員死んでいた。


 命を奪った感覚が、遅れてボクを襲う。

 それに押し潰されそうになって、涙が出てきた。

 でも、その時。

 

「お疲れ様」


 ご主人様が、いつもの無機質な声でそう言いながら、胸の中にボクを抱き締めてくれた。


「よく頑張ったね」


 そう言って頭を撫でてくれた。

 涙が止まる。

 いけないとわかってるのに、ボクはご主人様の温もりに縋ってしまった。

 身を委ねてしまった。


 人を殺したという嫌な感覚が遠ざかっていく。

 ご主人様に抱き締められて、頭を撫でられて、安心してしまう。

 そのまま、瞼が重くなっていくのを感じた。

 心と体が疲れたと言ってる。

 この微睡みに身を任せたら、本当に取り返しがつかないとわかってるのに。


 ボクは、ご主人様の腕の中で眠ってしまった。

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