58 教師の走馬灯
どうして。
どうして、こうなったのでしょうか。
どうして、こうなってしまったのでしょうか。
「かふっ……」
私の口から、血の塊が零れ落ちます。
心臓を剣で貫かれて、肺にも傷がついたのでしょう。
肺から気管を通った血液が、口から溢れているようです。
多分、私はもう助かりません。
「…………」
私は、最後の力を振り絞って、無言のまま、欠片も表情を変えないままに、私を剣で貫いた子の顔を見ます。
本城守さん。
教師として、私が救えなかった生徒。
そして、最後には殺人犯にまでしてしまった生徒。
「……………さ……い」
ごめんなさい。
そう言ったつもりの言葉も、気管に詰まった血のせいで、声になってくれませんでした。
そして、出血のせいか、どんどん意識が遠くなっていきます。
死ぬ直前の頭に、私の大して長くもない教師生活の記憶が浮かんできました。
これが、走馬灯というやつでしょうか?
私は、まだ教師生活一年目の新米でした。
新任教師として初めて任されたクラス。
当時の私は、やる気と熱意に満ちていました。
必ずや、この子達を立派に導いてみせると。
ところが、そんな理想は一瞬にして消し飛びました。
生徒の一人、本城守さん。
同性である私から見ても凄く綺麗な子だと思ったその生徒が、壮絶なイジメを受けていたのです。
何度も相談に乗ろうとしましたが、彼女の目は濁りきっていて、私の言葉なんかには耳を貸してくれませんでした。
そして、私がクラス担任となってから一ヶ月もしない内に、本城さんは不登校になりました。
何度も自宅に伺い、ご両親とも相談しましたが、一向に本城さんが家から出て来る様子はなく、
そうこうしている内に時間だけが過ぎ、そして、━━あの事件が起こりました。
ある日のホームルーム中、教室の床に突然浮かび上がった不思議な光。
それに呑み込まれたと思ったら、異世界とかいう訳のわからない場所に、勇者なんて訳のわからない存在として、私と生徒達は来てしまったのです。
そして、世界を救う為に、魔王という恐ろしい存在と戦ってほしいと言われる始末。
そんな危険な事に、生徒達を巻き込む訳にはいきません。
私には、守れなかった本城さんの分まで他の生徒達を守り、そしていつか、本城さんと仲直りさせる義務があるんです。
なのに、当の生徒達が戦いに乗り気という状況。
わかりません。
若者の考えはわかりません。
命懸けの戦いの何が楽しいのでしょうか?
それでも何とか交渉して、結局は神道くんの力を借りてしまいましたが、最低限、戦いを望まない生徒に無理強いする事だけはしないと約束してもらえました。
ですが、私にできたのはそこまでです。
他にできた事といえば、戦いに出た生徒達が死なないように、私のユニークスキル『空間魔法』を鍛え続け、いつでも連れて逃げられるように、戦いの場に付いて行く事だけ。
そして、戦いというものは怖いものでした。
魔物という化け物とはいえ、命が失われる瞬間を見るのは本当に怖かったし、嬉々として魔物の命を奪う生徒達を見るのも怖かったですが、私だけが逃げる訳にはいきません。
私の仕事は、誰一人欠ける事なく日本に戻って、本城さんの件を反省させて、皆でまともな学校生活に戻る事。
そう自分に言い聞かせながら頑張ってきました。
その結果、私はこうして死にかけています。
それも、私が救わなければいけない教え子の手によって。
ああ、本当に、私は何一つ仕事を果たせないダメ教師ですね。
こうなった直接の原因は、不審な動きをしていた生徒、
この子達は仲の良い三人組で、非戦闘組です。
明日のお披露目式が終わった後は、他の非戦闘組の子達と一緒に、世界一安全と言われるエールフリート神聖国という国に避難する事が決まっています。
そのお迎えに女神教の人達が来た時の私は……嫌なようなホッとしたような、微妙な気持ちでした。
この世界で生徒達がバラバラになるのは嫌でしたが、安全面を考えれば最善の選択でしたから。
でも、その三人は、この国を離れる前に、一度でいいから自由に街の中を歩いてみたいと言い出したのです。
お城の中でずっと缶詰になって、外に出られるのはLv上げの時だけという生活に嫌気がさしたと言って。
私は、彼らもストレスが溜まっているんだと思って、私も一緒に行く事を条件に許可を出しました。
どんな危険な目に遭っても、私がいれば空間魔法の《テレポート》ですぐに逃げられるので。
ですが、この判断もよくよく考えたらマズイですよね。
大事な式典の前日に勝手な行動をするなんて。
私もまた、疲労とストレスで思考力が低下していたのかもしれません。
そうして、葉隠さんのユニークスキル『神隠し』の効果で隠れつつ、明日の為に泊まり込んでいた教会を抜け出しました。
Lv不足によってMPの足りない葉隠さんは、消耗の激しい発動系のユニークスキルを長く使う事ができず、裏口を出た所でスキルの発動を切っていましたが、
それでも裏口に見張りはいないので、結構簡単に外へと出られてしまいました。
そうして、一応はお忍びという事でコッソリと裏路地を移動していた時、彼女が現れたんです。
「お久しぶりです、先生」
ここにいる筈がない子の声。
私が救おうとして救えなかった、会おうとしても会えなかった生徒の姿。
彼女は、まるで仮面のような無表情で、私を見ていました。
「本……城……さん……」
突然の再会にフリーズする私と違って、本城さんはゆっくりと私に歩み寄ってきました。
そして、凄く自然な動作で腰に差した剣を抜いて、━━私の胸を貫きました。
「え?」
理解が追い付きませんでした。
でも、胸の痛みは本物で。
この子が私を刺したというのは現実で。
自分が死ぬって事も、なんとなくわかって。
走馬灯が流れて。
最後に、ああ、私は恨まれていたんだなぁ、という思いが胸に去来しました。
「……………さ……い」
ごめんなさい。
そう伝えたかった言葉は声にならずに消えていき、私の意識も闇の中に消えていきます。
ああ。
最後の最後まで何もできないなんて。
やっぱり、私はダメな先生です。
こんなダメな先生で……本当に……ごめんなさい……本……城……さん……
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