56 勇者の存在

 勇者のお披露目式、だと?

 とんでもない事を聞いてしまった。

 食べてるのがオートマタじゃなければ、間違いなく吹き出していただろう。

 危なかった。


 それより、勇者の事だ。

 勇者と言えば、あの勇者でしょ?

 私と同じ異世界人。

 つまり、私と同じチート能力を持った連中。

 それに、歴代の魔王は勇者に殺されてきたって言うし、下手したら魔王よりも恐ろしい存在。


 そんなもんが、この国にいるだと?

 冗談だろ?

 冗談だと言ってくれ。

 そうなったら国を滅ぼすどころか、生き残る事すら大変だぞ。


 と、とりあえず落ち着け、私。

 クールになれ。

 まずは情報収集だ。


 私はオートマタを立ち上がらせ、さっきの話をしていた集団に近づかせる。


「ご主人様?」


 リーフが驚いたような顔をしてるけど、構っている余裕はない。

 すぐに連中に近づき、話しかける。


「その話、詳しく聞かせてくれませんか?」

「ん? なんだ嬢ちゃん? 聞きたいって何を?」

「勇者様のお披露目式という話です。この街に来たばかりなので、知らなくて」


 オートマタの声は無機質だから、声の震えとかを気にする必要がなくて助かる。

 本体だったら、多大な精神力を使って取り繕う必要があっただろう。


「ああ、なるほど。あんた、旅の冒険者か。なら、知らないのも無理ねぇよな」

「もしかして、あんたも魔王に恨みでもあるのか?」

「まあ、そんなところです」


 そういう事にしておく。

 実際、魔王に恨みがない訳ではないし。

 聖域を無断で踏み荒らされたのは嫌だった。

 力の差が絶望的すぎて、文句言う事すらできなかったけど。


「よっしゃ! だったら教えてやろう!

 4日前にな、国王様が王都全域に向けてお触れを出したのよ。

 遂に我が国は伝説の勇者様達の召喚に成功した。これで魔王との戦争に勝てる、ってな」

「で、5日後の正午、つまり明日の昼に、女神教の教会で勇者様達のお披露目式を行うって訳よ」

「盛大な祭りになるぜ! 何せ、王都の各地でその準備が進んでんだからな!」


 こいつらは酔っぱらっているのか、かなり饒舌にペラペラと喋ってくれた。

 そういえば、王都はかなり騒がしかったな。

 なるほど。

 あれは、勇者祭りの準備だったのか。


「教えてくれて、ありがとうございます」

「何、礼を言われるような事じゃねぇさ」

「そうそう。あんたの恨みも、きっと勇者様が晴らしてくれるぜ!」

「……そうですね。それでは」


 そうして、オートマタを酔っぱらいどもから離れて、リーフのいる席に戻す。

 私が話してる間に、リーフはお子様ランチを食べ終えてたみたいなので、そのまま二階の宿屋部分へ。

 今回も二人部屋を一つだ。


「少し静かにしててね」


 片方のベッドに腰掛け、リーフにそう告げる。

 そして私は、オートマタから意識を外し、ダンジョン内にあるもう一つのオートマタ、マモリちゃん人形の操作を始めた。


「魔王様、ご報告があります」


 マモリちゃん人形の口から、向こうのオートマタと全く同じ、限りなく私に似た声が放たれる。

 それを聞いて、マモリちゃん人形の対面に安置されたオートマタ、カオスちゃん人形が反応する。


「なんじゃ、マモリ? 我はお昼寝の最中であったのじゃが」


 余裕あるな、この魔王。


「重要な情報を掴んだので、ご報告いたします。

 ウルフェウス王国において、勇者のお披露目式が行われるとの事です」

「……ほほう。遂に勇者が出たか。でかしたぞ、マモリ。詳しく話せ」

「はい」


 そうして私は、今判明している限りの勇者の情報をカオスちゃん人形に話した。

 と言っても、そこまで多くの情報はないんだけど。

 明日の正午、ウルフェウス王国の首都にある女神教の教会でお披露目式が開かれるってだけだ。

 ついでに、私の予想も話しておく。


「それと、おそらくですが、勇者はまだ大して強くなってはいないと思います」

「む? 何故、そう思う?」

「簡単です。勇者が強大な戦力と呼べる程に強いのならば、ゴブリンロード討伐に来ない理由がありませんから」


 あの爺率いる討伐隊に、私と同格の勇者まで交ざってたら、確実に詰んでたと思う。

 いや、その場合はゴブリンロードを第二階層に逃がす事はなかっただろうから、そのまま帰ってくれる可能性もあったか。

 でも、そんな事態にはならなかった。

 魔王軍幹部が国内にいるなんて非常事態が発生してるのに勇者が来ない。

 つまり、勇者はまだLvが低くて弱いんじゃないか?

 そういう推測ができるのだ。


 それに、実は討伐が来てから、まだ2週間も経ってない。

 いくら勇者の成長速度がチートとは言え、そんな短い期間で魔王と戦えるLvにはなっていない筈だ。


「なるほどのう。であれば弱い内に潰してしまうのが吉か。

 よし! 我自らが行こう!

 近場にいる幹部も連れて行く。

 勇者を血祭りに上げてくれるわ!」


 お、これは予想外の展開。

 勇者終わったな。

 でも、できれば私の予想が外れてて、魔王と共倒れになってくれたら嬉しい。

 まあ、無理だと思うけど。


「マモリよ、我はこれから準備を整え、カオスちゃん人形の機能を使ってお主のダンジョンに飛ぶ。

 故に、王都とやらへの道案内の準備をしておけ」

「わかりました」

「それと、本当に勇者がまだ弱いのであれば、十二使徒が何人か護衛に付いているかもしれん。

 戦う事になったら注意せよ」

「はい」


 そうか。

 十二使徒が勇者の護衛に付いてる可能性高いのか。

 盲点だった。

 気をつけよう。


 さて、それじゃあ準備に移ろうか。

 私は、降って湧いた勇者VS魔王の戦いのお膳立てをするべく、動き始めた。

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