33 悪意の迷宮

「ハァ……ハァ……これは、キッツイのう……」


 毒と疲労で体力を削られた儂は、思わず弱音を溢してしもうた。

 だが、それも仕方あるまい。

 この洞窟は、いや、このダンジョンはそれ程に容赦がないのじゃから。

 しかも、魔王軍幹部と戦った後にこれじゃ。

 まったく、勘弁してほしいのう。


「ランドルフ様! ここはポジティブに行きましょう! 前向きな気合いがあれば何でもできる!」

「喧しいわ、カルパッチョ」


 カルパッチョは、こんな時でもカルパッチョであった。

 なんという暑苦しさ。

 じゃが、こんな暑苦しい奴でも、いないよりは遥かにマシじゃ。

 戦力的な意味でも、精神的な意味でもな。


 何せ、この場におるのは、もはや儂とこやつの二人だけなのじゃから。


 初めは良かった。

 ゴブリンロードとの戦いは死闘じゃったが、それでも儂らは犠牲者なしで奇跡的な大勝利を収め、奴を退け、取り巻きを全滅させた。

 このまま、逃げたゴブリンロードを追い詰めて討伐し、その後でじっくりとお転婆王女を探せばいい。

 そう思っておった。


 しかし、儂らはどうやら、魔王軍を侮り過ぎておったらしい。


 まさか、ゴブリンロードの逃げた先がダンジョンになっておるとは思わんかったわ。

 しかし、考えてみればあり得ん話ではない。

 魔物同様、ダンジョンもまた魔に属するモノ。

 極々稀に、意思を持ったダンジョンが発生するとも言われておるし、それが魔王の配下に加わっておったとしても不思議ではないわな。

 儂らはこのダンジョンをただの洞窟と勘違いし、弱った状態で突撃して、まんまと罠にハメられた訳じゃ。


 おそらく、ゴブリンロードが敗北する事すら折り込み済みだったのじゃろう。

 取り巻きを切り捨て、逃げるふりをして油断を誘い、ダンジョンと協力して確実に儂らを仕留めにくるとは。

 ゴブリンロードめ。

 魔物とは思えぬ知恵者よ。


 そうして、儂らはゾンビにされたお転婆王女という罠に釣られ、デニスの坊主を失った。

 その直後に襲撃してきたゴーレムの部隊とゾンビが二体、そして、そやつらと共謀したゴブリンロード。

 そこで更に仲間を一人殺され、奴らは撤退、こちらは疲れ果てた。

 しかも、周りは毒地獄。

 これでは最早どうにもならんと、苦渋の選択で撤退を決意すれば、今度はマッピングが狂って戻る事も叶わんという始末。


 だが、撤退が無理ならば進むしかない。

 その途中で出口を見つけられれば望外の幸運。

 そんな思いで毒の中を進んでおると、今度はいきなり通路を塞ぐように壁が動いた。

 中々の速さで動いた壁に潰される者こそおらんかったが、部隊は分断された。

 それが何度も続き、今では儂とカルパッチョの二人きりという訳じゃ。


 悪辣。

 このダンジョンの感想を述べるのであれば、その一言に尽きるわ。


 味方である筈のゴブリンどもを捨て駒に使い。

 こちらの救出対象であるお転婆王女を、ゾンビとして弄び。

 獲物が深く潜り込むまではただの洞窟のふりをして、戻れなくなってから毒と魔物で追い詰め。

 そして、動く壁によって道を変え、儂らを分断し、各個撃破を狙ってくる。

 さっきから何度も襲来するゴーレムどもがウザイわ。


 まさに悪辣。

 まるで気づかぬ内に盛られ、気づいた時には全てが手遅れとなる猛毒のようじゃ。

 今この場に漂う毒の霧ですら、悪意という名の猛毒の前では可愛く見える。


 その内、襲撃して来るゴーレムの中に、仲間のゾンビが交ざるようになった。

 どこまで人を愚弄すれば気が済むのじゃ……!

 貴様の思い通りにはならんぞ!


「今、成仏させてやる!」


 儂はヴァナルガンドを惜しみなく使い、元仲間達を氷漬けにして砕き、氷葬していく。

 真装を温存して戦えば、苦戦して逆に消耗が増すと考えたからじゃ。

 それはカルパッチョも同じなのか、「許さんぞぉおおおお!」と怒りに燃えながら、灼熱の拳を繰り出しておる。

 ……いや、あやつは何も考えておらんような気もするな。


「立チ上ガレ━━『アキレウス』」


 その時、この場で儂ら以外の声が聞こえてきた。

 その方向を見れば、忌々しきゴブリンロードと、最初にいた二体のゾンビの姿が。

 ゾンビ一体とゴブリンロードは真装を顕現させ、儂らに襲いかかってくる。


「《熱血パンチ》!」


 カルパッチョが真装使いのゾンビの腹を殴りつけ、灼熱の拳で焼き払う。

 普通に考えれば致命傷なんじゃが、このゾンビには効かん。

 このゾンビの真装の力はさっきの戦いで判明しておる。

 その能力は、不死。


「《ファランクス》」

「ぬっ!?」


 真装使いのゾンビが、残った上半身のみで真装の槍を使い、カルパッチョを攻撃する。

 しかも、攻撃している間にも、急速に下半身が再生していく。

 こんな奴とまともに戦っておれんわ!


「《アイスコフィン》!」


 儂は、氷の棺を作る魔法によって、真装使いのゾンビを氷像として封印した。

 じゃが、その隙にゴブリンロードともう一体のゾンビが儂に接近してきおった。


「《パワードアックス》」

「《ストライクソード》」

「くっ!?」


 儂は魔法にこそ自信があるが、近距離戦闘はからっきしじゃ。

 これは、避けられん。


「ランドルフ様! おおおお! 気合いガード!」

「カルパッチョ!?」


 そんな儂を、カルパッチョが身を呈して救いおった。

 ゴブリンロードの斧を白刃取りで止め、ゾンビの突き技を甘んじて受け、腹に風穴を空けながらも立っておった。


「《ブリザードストーム》!」


 カルパッチョの献身を無駄にはできん。

 儂はカルパッチョを巻き込まぬよう、横から吹く冷気の嵐を起こした。

 それによって、ゾンビが凍りついてから砕け、ゴブリンロードも半身を凍りつかせておる。


 ゴブリンロードは不利を悟ったのか、撤退の姿勢に入った。

 逃がさん!


「《アイスランサー》!」


 魔法によって作り出された、氷の槍がゴブリンロードを襲う。

 しかし、魔法とゴブリンロードの間に黒いゴーレムが割り込み、氷の槍はゴーレムを破壊するも、軌道を変えられてゴブリンロードに当たる事はなかった。

 その隙に、ゴブリンロードは撤退を完了させてしもうた。

 逃がしたか……。

 いや、今はそれよりもカルパッチョじゃ!


「《シャインヒール》!」

「復っ活!」

「そんなすぐに治るか戯け! 三秒は待て!」

 

 そして、三秒後。

 カルパッチョは何とか戦闘可能というくらいには回復した。

 これで一安心かのう。


「いや、助かりました!」

「ならば、周囲を警戒せよ。まだまだ悪夢は終わっとらんぞ」

「承知! こんな所では死ねませんからな! 城で教え子達が待っているのです!」

「……ふっ。そうじゃな」


 そうして、儂らは気力と体力を振り絞りながら、何とか先へと進んで行った。

 なんとしてでも、このダンジョンに一矢報い、生きて帰ってやると、そう固く誓いながら。

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