2 ダンジョンコア

 目が覚めた時、最初に感じたのは床の固さだった。

 固い。

 凄まじく固い。

 廊下とかそういうレベルじゃなくて、まるで岩壁に直接寝そべっているかのようだ。

 圧倒的な寝心地の悪さ。

 私が普段使ってる低反発ベッドを少しは見習え。


「うぅん……」


 そんな寝心地最悪の場所でいつまでも寝られる筈もなく、私は起き上がった。

 寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見る。

 なんか、洞窟みたいな背景が見えた。


「は?」


 状況が理解できずに、数秒間フリーズ。

 その後、目を閉じて、もう一度開く。

 洞窟みたいな背景が見えた。

 目を思いっきり擦る。

 痛い。

 でも、おかげで少しは眠気が飛んだ。

 その状態で、もう一度、目を開く。

 洞窟みたいな背景が見えた。

 OK。

 どうやら、私はまだ寝ぼけているようだ。


 とりあえず、思いっきり頬っぺたをつねってみた。


「いひゃい!?」


 手加減抜きでやったのがマズかった。

 頬っぺたが千切れるんじゃないかと思う程の激痛を感じ、慌てて手を離す。

 でも、おかげで眠気は完全に飛んだ。

 改めて周囲を見回す。

 洞窟みたいな背景が見えた。

 OK。

 どうやら、これは現実のようだ。


「???」


 理解不能の光景に脳が混乱する。

 この状態は……もしかして、寝ている間にこの洞窟に捨てられたのだろうか?

 両親による『脱☆引きこもり計画! ~守ちゃんを更生させようプロジェクト~』の一環なのだろうか?

 ハッハッハ。

 パパとママも、随分思いきった事をやってくれたな。

 アレだろうか?

 人混みの中がダメなら、大自然の中に慣れろ的なアレだろうか?

 それ、虐待じゃない?

 訴えるよ?


 そこまで考えて、私はふと昨日の事を思い出した。

 思い出してしまった。


「そうだった……パパとママはもう……」


 死んだんだ。

 昨日の出来事は覚えている。

 あまりにも突然の出来事で頭が追い付かなかったけど、パパとママがあのストーカーに殺されたのも、私がそいつを殺したのも、全て現実だ。

 だって……


「汚い……」


 私の体には、あのストーカーの血がべったりと付いているのだから。

 血液は、もう完全に乾いてカピカピになっている。

 気持ち悪い。

 脱ぎたいし、体洗いたい。

 お風呂入りたい。

 でも、ここは洞窟の中だ。


 訳がわからない。

 頭は混乱の極致だ。

 パパとママが死んだ事を悲しむ余裕すらない。

 ストーカーが家に侵入して両親を殺害し、そのストーカーを正当防衛で私が殺害するという異常事態が発生したのに、それ以上の異常事態が現在進行形で発生してるせいで、感情が追い付かない。

 いや、それは逆に良かったのかもしれないけど。

 この異常事態のおかげで、あの殺戮の夜の事を深く考えなくて済むという意味で。


 とりあえず、状況を整理しよう。


 私は昨日、両親をストーカーに殺されて、そのストーカーを殺して、そして疲れ果てて眠った。

 で、気がついたらここにいた。

 何がどうなったらこうなるの?


 誘拐?

 いや、多分それはない。

 だって、私を誘拐したのなら、犯人はとりあえず◯◯◯ピーする筈だもの。

 私は超絶美少女だし。

 そして、それだったら、着替えさせられるか、裸に剥かれてる筈。

 いくら超絶美少女でも、さすがに血塗れの女の子を◯◯◯ピーしたいという特殊性癖持ちは少ないだろう。

 もし、そんな特殊性癖持ちに誘拐されたのだとしたら……頑張ってもう一回殺すしかない。


 で、誘拐以外の可能性となると……思い付かない。

 とりあえず、武器になる物を探した方がいいのかな?


 そうして、この洞窟の中を改めて見回す。

 テレビで見るような、自然の中にあるとしか思えない洞窟。

 天井までの高さは5メートルくらいで、直径50メートルくらいの円形になってる。

 結構広い。

 入り口は、人が3、4人横に並んで入れるくらいのサイズ。

 外からは太陽の光が見える。


 でも、洞窟の中は太陽の光ではなく、ぼんやりと青い・・光で照らされていた。


「……うん。やっぱり、これが一番のツッコミ要素だよね」


 私は後ろを振り向き、この青い光を放つ光源を見た。


 それは、ぼんやりと青く発光する、巨大な水晶みたいな謎物質。

 地面から生えるようにして存在するその水晶は、まるで人工物のように綺麗な六角柱の形をしていた。

 天然物なのか人工物なのか。

 そもそも、水晶って発光する物だったっけ?

 多分、違うと思う。


「ホント、なんなんだろう、これ」


 そう呟きながら私は、なんとなく、そう、本当になんとなく水晶に触った。


 その途端、頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。


「え!?」


 またしても発生した異常事態に混乱している間にも、情報の奔流は容赦なく頭の中に入ってきた。

 水晶から手を離す事もできない。

 何故か、溶接されたかのように、手が水晶に張り付いて離れない。


 そうしている内に、情報の奔流は止まった。

 そして私は、この水晶が何なのかを知る事となる。


 この水晶は『ダンジョンコア』。

 ダンジョンの心臓部であり、地脈や侵入者から魔力を吸い取って、己の体であるダンジョンを大きく成長させていく存在。

 それがダンジョンコアの本能であり、つまり、ダンジョンコアは一種の生命体と言えるのかもしれない。


 そして、そのダンジョンコアに選ばれた私は、今この瞬間から『ダンジョンマスター』となった。


 ダンジョンマスターとは、その名の通り、ダンジョンの支配者であり管理人。

 ダンジョンコアが己の成長を補助させる為に、強制的に契約を結んで取り込んだ番人。

 この契約を解除する方法はない。

 コアとマスターは一蓮托生。

 コアが砕ければマスターも死ぬ。

 つまり、私は死にたくなければ、このダンジョンコアの成長を助け、ここを立派なダンジョンにして防衛しなければならない訳だ。


「ゲームか!」


 私は思わずツッコンでしまった。

 これ、もしかしなくてもアレだろうか?

 ネットで流行中の異世界転生というやつだろうか?

 いや、この場合は異世界転移か。

 どっちにしろ、ここが地球じゃない事は間違いないと思う。

 地球にダンジョンコアなんて代物は存在しない。

 案外、私が知らないだけで、国とかが必死で隠してるSFパターンかもしれないけど、それならまだ異世界と言われた方が納得できる。


 まあ、それはいいや。

 とりあえず、私は異世界転移(仮)をしたと思っておこう。


 で、私がこの異世界(仮)で生きていく為には、ここに鉄壁のダンジョンを作り上げなければいけない訳だけど。

 前途多難だ。

 なにせ、このダンジョンコアは生まれたてホヤホヤ。

 このダンジョンは、迷路もない、モンスターもいない、ダンジョンを強化する為の魔力(DPダンジョンポイントというらしい)もない。

 あるのは洞窟の一部屋と、ダンジョンマスターが一人だけという、ないない尽くしの極貧状態。


 しかも、それらの問題より遥かにヤバイ、最大の問題が一つある。


「別に生きてく必要ないよなぁ……」


 そう。

 私に生きる気力がないという事だ。

 唯一の身内を失い、友人の一人もいない私は、正直、この世への未練がないに等しい。

 このまま野垂れ死んじゃっても別にいいやとしか思わない。

 私をマスターとして取り込んだこのダンジョンコアは、選択を間違えたとしか言いようがないだろう。


「はぁ……寝ようか」


 私は、なんかもう全てがどうでもよくなり、ダンジョンコアに背を預けて寝る事にした。

 寝心地は最悪だけど、無駄に起きてる気にはなれなかったから。


 でも、私が眠りにつく事はなかった。


「え?」


 ダンジョンマスターになった事で新たに発現した感覚が、警鐘を鳴らしている。

 この感覚は……侵入者だ。

 入り口の方を見れば、そこには三匹のモンスターがいた。

 人間の子供くらいの大きさをした、醜い小鬼のようなモンスター。


「ゴブリン……?」


 思わず口から出てしまった声で、ゴブリン達は私を見つけたのだろう。

 私の姿を見てゴブリン達は……ニチャリと、嫌悪感を催す醜悪な顔で嗤った。

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