【書籍化作品】殺戮のダンジョンマスター籠城記 ~ヒッキー美少女、ダンジョンマスターになってしまったので、引きこもり道を極める~

虎馬チキン

1 プロローグ

 引きこもって何が悪い?


 全世界の引きこもりを非難する常識人達に対して、私『本城ほんじょうまもり』はそう問いかけたい。

 引きこもりの何が悪いのか?

 親の脛にかじりついて、無収入のまま寄生虫の如き生活をしている事か?

 それなら、自分の部屋から一切出ないけど、株取引やクラウドワークスをやっていて収入がある私を非難する事はできない筈だ。


 それなのに、引きこもりに理解のない両親は、事ある毎に私を外へ連れ出そうとする。

 相談員的な人が定期的に我が家を訪れる。

 私にとっては拷問以外の何物でもない。

 私は、人間という存在を視界に入れるだけで、人の視線を感じるだけで、生理的な嫌悪感を覚えるし、どうしようもない恐怖に襲われる。


 それは、もはや病気だ。

 心の病だ。

 人間恐怖症という立派な病気だ。

 さすがに、両親も私が精神を病んだ理由は知っているし、そこに関してだけは理解があるので、無理矢理外出させようとはしない。

 とりあえず、寝てる間に簀巻きにされて家から叩き出されるような事はないと思う。

 だからこそ、この家は私にとって、唯一安心して過ごせる聖域なのだ。

 その聖域に押し入って来る相談員は、正直、死んでほしい。

 絶滅してほしい。

 死んでくれよ、マジで。

 心の底からそう思う。


 両親の困ったところは、そんな感じで、私の病を

 

 私は、そんな辛い闘病生活を送るつもりはない。

 病と共存して生きていく……というか、病を治す事はとっくの昔に諦めている。

 一生家から出ないで、引きこもりとして生きていきたい。

 だからもう、ほっといてほしい。


 私が心を病んだ理由は、とっても簡単。

 とっても簡単で、だからこそ、どうしようもない事。


 生まれ持った容姿。


 これが全ての元凶。

 私は、自分で言うのもアレだけど、絶世の美少女だった。

 街を歩けば、十人中十人が振り返るレベルの美少女。

 それが私。

 まだ普通に外を歩けてた頃は、芸能関係のスカウトが羽虫のように寄ってきてウザかったわ。


 けど、それだけなら、まだよかった。

 普通に許容できる範囲内だった。

 最悪なのは、私と関わった人間が、多かれ少なかれ、私に対して特別な感情を抱くという事。

 男には惚れられ、女には嫉妬される事が圧倒的に多かった。


 特に、学校という狭い空間に閉じ込められた時が、一番酷かった。

 男子は、私のストーカーになる奴が大量発生。

 女子からは陰湿なイジメを受けた。

 レイプされかけた事まである。

 そいつらは例外なく退学になったけど、退学した後もストーカーを続けて少年院にぶち込まれた筋金入りの変態もいた。

 死ね。


 一応は庇ってくれる奴もいたんだけど、大体は私の好感度を上げようとする男子だったし、そんなのはストーカーと大差ない。

 だって、どっちも性的な目で私を見てくるのだから。

 気色悪い事この上ない。

 死ね。


 その内、学校に行くのが本格的に辛くなり、精神も限界に達して、私はヒッキーとなった。

 それから数ヶ月。

 私は誰にも文句を言われないように、家にいるままでもできる仕事をやり、収入を手に入れ、立派な引きこもり社会人として生計を立てている。

 たまに両親が企画する『脱☆引きこもり計画! ~守ちゃんを更生させようプロジェクト~』を阻止するのが大変だけど、

 それを差し引けば、一応は平穏と言えるだけの生活を手に入れた、と思う。


 ━━だから、思ってもみなかった。


 そんな細やかな幸せが、何の前触れもなく崩れ去ってしまうなんて。


「……なん……お前……!?」

「……うる……死ね……!」

「……まも……逃げ……!」


 突然、一階の方で大きな音が聞こえてきた。

 争うような音。

 怒鳴り声のような音。

 私の部屋は二階で、しかも今は深夜アニメを見てたから、気づくのが少し遅れた。

 慌ててテレビのボリュームを下げた時には、ダンッ、ダンッと、凄い勢いで誰がが階段を上ってくる足音しか聞こえなくなっていた。


 そして、そこから数秒としない内に、私の部屋のドアが抉じ開けられる。

 鍵はかけてたのに、関係ないとばかりに蹴り破られた。


 壊されたドアの前には、眼鏡をかけた痩せぎすの男が一人。


「ハァ……ハァ……! 会いたかったよ、マモリィィィン!」


 そいつは興奮したように荒い呼吸をして、血走った目で私を見ながら、学生時代につけられた忌むべきアダ名で私の事を呼んだ。

 その男の全てが私の神経を逆撫でする。

 血の気が引き、鳥肌が立ち、冷や汗が出て、涙が出た。

 歯の根が合わずにガチガチと震え、恐怖で動けなくなる。


 でも、そんな中で、私の視線は男の右手に釘付けになっていた。

 正確には、男の右手に握られた物に。


 真っ赤な液体をポタポタと垂らす包丁が、男の手には握られていた。


「……ぇ」


 掠れた声が口から漏れる。

 混乱した頭に、グチャグチャの思考が浮かんでは消える。


 血? 包丁? 誰の血? そもそもこいつ誰? 強盗? じゃあ、あれ、パパとママの……


「やっと会えたねぇ! 迎えに来たよ、僕のエンジェル!

 君も寂しかっただろう!? まったく、皆酷いよね! 僕達は運命の赤い糸で結ばれた恋人同士なのに、無理矢理引き離すなんて!

 そんな事する奴ら死んで当然だよ! 学校も、警察も、君を縛りつける両親も!

 でも安心して! ちゃんと殺したから!

 学校とか警察は無理だったけど、とりあえず、あの老害どもはちゃんと殺してトドメも刺したんだ!

 これでやっと君を解放できた! さあ! 僕と愛の逃避行ランデブーを始めよう!」


 狂ったように叫ぶ男。

 その言葉の中に、無視できない事があった。


 殺した?

 誰を?

 老害?

 それって、パパとママの事?


 その残酷な事実を脳が正しく認識した瞬間、私の心を絶望が襲った。

 パパとママは、この世界で唯一の私の味方だった。

 私を外に出そうとするのは嫌だったし、引きこもりに理解がない態度にイラつく事もあったけど、

 それでもパパとママは、この世界で唯一、私が拒絶せずに一緒にいられる人間だった。

 その二人が死……


「ああ! でも、その前に! やっと再会できたんだ! 存分に愛し合おう! 僕はもう我慢できないよ!」


 私が絶望に打ちひしがれている間に、男はトチ狂った事を言いながら私に近づいて来た。

 恐怖と絶望と、単純な腕力の差で、ろくに抵抗もできずに手首を掴まれて押し倒された。


「嫌! 嫌ぁ!」

「まずは誓いのキスをしようか!」


 必死に首を振って、手足をバタつかせて抵抗する。

 お腹の辺りに当たった硬い感触が特に気持ち悪い。


「もう! 素直じゃないなぁ!」

「あぐっ!?」


 そうしていたら、包丁を持っていない方の手で思いっきりビンタされた。

 片手の拘束は外れたけど、痛みで一時的に体の動きが止まってしまう。


「ああ!? ごめんよ! 傷つける気はなかったんだ!

 そうだよね! 君は僕と目も合わせられない恥ずかしがり屋さんだったもんね!

 いきなりキスは早すぎた! 反省するよ!」


 男が慌てた様子で言葉を連ねた。

 しかし、直後に恐ろしい事を言い出す。


「でもね! こっち・・・の昂りはもう抑えられそうにないんだ!」


 私のお腹の上にある硬い物が、一際大きくなっていく。

 その意味を悟った私は、それまで以上に激しく暴れた。


「ごめんね! 本当はもっとロマンチックな雰囲気で初体験を迎えたかったんだけど! でも、魅力的過ぎる君が悪いんだ!

 大丈夫! 優しくするから……」


 そう言いながら男が腰を上げ、足の自由が戻った。


 その瞬間、私は渾身の膝蹴りを男の股間にぶち当てる。


 ぶにゅりとした気色悪い感触と共に、柔らかいナニカを潰したような感触が膝から伝わってきた。


「~~~~~~!?」


 男が股関に手を当てて悶絶した。

 手首の拘束も外れている。

 そして、私の手の近くには、男が咄嗟に手放した血に濡れた包丁があった。


 私はそれを、思いっきり男の首筋に突き刺した。


 何度も、何度も。

 無我夢中で突き刺した。

 男の体から吹き出た血が私にかかる。

 私の聖域が、真っ赤な塗料で汚されていく。

 それでも、私は男の傷口がグチャグチャのミンチみたいになるまで、ひたすらに包丁を突き刺し続けた。


「ハァ……ハァ……」


 腕が疲れて動かなくなった頃、ようやく私は手を止めて、動かなくなった男の体を押し退け、押し倒された状態から脱出した。

 男は多分、いや、間違いなく死んでると思う。

 そして、苦悶に満ちた男の死に顔を見て、ようやく思い出した。


「こいつ……あの時のストーカー……!」


 一年生の頃に私をつけ回して退学になり、退学になってからもストーカー行為をやめずに少年院にぶち込まれた変態。

 いや、こいつの正体なんて今はどうでもいい。


「うっ……」


 叩かれて痛む頬を押さえながら、私は部屋を出て階段を降りた。

 そして、一階に向かう。

 この嫌な予感が外れてくれる事を祈りながら。


 しかし、現実は無情だった。


「……ぁ」


 一階の廊下にそれ・・はあった。

 あってほしくないと願ったものが。


「パパ……ママ……」


 そこには、折り重なるようにして倒れた、両親の死体があった。

 血がいっぱい出て、二人の周りに血溜まりを作っている。

 どう考えても致死量に達するレベルの出血だ。


 震える手で二人の首筋に触れた。

 脈は、なかった。



 そこから先の事はよく覚えていない。

 パパとママが死んだ事も、私が人を殺した事も、いきなり過ぎて感情が追い付かない。

 警察に通報するとか、そんな考えすらも浮かばすに、ただひたすら呆然としてたような気がする。


 その内、朝日が昇ってきて。

 でも、そんな事を気にする気力もなくて。

 私は、いつしか意識を失っていた。


 でも、意識を失う寸前。


「?」


 床一面に、光り輝く魔法陣みたいなものが浮かんだような気がした。

 疲れきった心と頭では、そんな不思議現象に驚く事もできず。


 私は、そのまま意識を手放した。

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