Interphase:インターフェイズ

けむすけ

第1章:安津襲撃①


 「関節稼働─オ―ルグリーン。体液濃度、生体認証ークリア。」

 「ストリングス。起動。」

 メインインターフェースからのアナウンスが入ると同時に、眼前は荒涼とした砂漠が映し出された。身体が一瞬の無重力感に包まれる。

 キャビントレーラからの射出音。レナータの射出に続いて、立て続けに射出が行われる。


 レナータは戦術情報へのアクセスを行い、全周囲索敵ソナーと同期した。外骨格越しに伝わる熱線、嵐で巻き上げられた砂塵、飛んできた火の粉が異質な摩擦音を奏でいた。


 「実戦の空気。」

 息を深く吸い込むレナータ。

 彼女は今、共和国軍の機動歩兵小隊の小隊長としてこの場にいる。

 「ホバークラフト。コンプレッサーの圧力問題なし。機動歩兵小隊、作戦行動に支障はありません。」

 後から射出されたマーク准尉が言った。マークは士官学校で最終課程を迎える直前に国家緊急徴用令により戦地に派遣された、いわば新米兵士だ。


 「前方6km。敵影3つ!」

 レナータの通信デバイスに戦々恐々としたオペレーターの報告が響く。


 「了解した。型式は分かるか?」

 「ええ、多量の荷電粒子を検知しました。」

 「待ってください。初戦からタンク型ですか!」

 傍で、新米兵士は驚愕した。


 「怖じ気づくな。我々は訓練通り作戦を遂行するだけだ。」

 レナータは部下を一喝した。


 レナータはヘッドギアの網膜認証システムを作動させた。

 外装のOSをコンバットフェーズへと移行させる。


 同時に、レナータの背部にマウントされたジェネレータから雄叫びのごとく駆動音が鳴った。ホバークラフトが最大稼働した合図だ。


 刹那。爆音とともに砂煙が舞い、後背には小規模なハリケーンが生じた。

 レナータ含め6名の機動歩兵の背中にはバッテリーと推進ファンが内蔵され、脚部には風力制御装置と超伝導フィールド発生装置が外骨格内部に敷き詰められている。磁気と風圧の力により発生した作用により、地上の高速移動を可能にしているのだ。


 強襲機動型筋外装/通称:ストリングスーStri.N.G.S(striking nimble gear of strings)


 それが機動歩兵部隊に配備された新兵器の名前。

 この「星間戦争」で人類が勝つために用意された新たな兵器だ。


 6人の機動歩兵は爆風を後背に吹かせながら、縦横無尽に荒野を駆けた。

 血肉が焼け焦げた匂い。硝煙たちの舞踏会。

 好き放題に発火し、小爆発を起こす荷電粒子の残り火。


 目に見えるものすべてが地獄を体現していた。

 全ては「宇宙生物」が引き起こした地獄の協奏曲。

 レナータらには、このイかれたコンサートを終わらせる責務があった。


 「右方向。タンク型来ます!」

 隊員の怒号が響く。瞬間に、一条の閃光が走った。

 1人の兵士が荷電粒子砲の閃光と共に消された。

 作戦が開始されて、たった3分後のことだ。1人の機動歩兵が死んだ。


「アムネジア軍曹が。」

 マークは突然の仲間の死を前にし、たじろいだ。

 マークは前方を黙して走るレナータの背中を見た。

 レナータは出撃時と変わらない様子でホバークラフトの加速を続けている。

 動揺する息遣い、弔いの言葉は一切なかった。


「お前の任務は目の前の異形を駆逐することだ。任務に集中しろ。」

黒い外装に包まれた背中でレナータは新米を叱責する。

「迎撃体制に移れ。」

アムネジア軍曹の戦死から直後、臆する様子もなくレナータが言葉を発した。


命令に続いて、隊員たちは目線を前に戻した。仲間の死を看取る暇も与えられず。

 さらに。閃光。

 二回目の荷電粒子砲はレナータの側方をかすめ取った。

 レナータはしなやかな黒い肢体でそれを躱すと、反動を利用して身を翻した。

 「パイルランチャー装填急げ。」

 レナータの号令に合わせて、4人の隊員は自らの得物に手を伸ばす。

 大型のボウガンのような形状をしたそれを両手で支え、ステッキ状の「矢」を銃身に装填した。


 「撃て。」


 淀みない動きで、その黒く大きな武器から嚆矢が放たれた。

 4本の質量弾は異形めがけて突進した。そして着弾。

 「命中した。」

 マークが感嘆の声をあげる。


 そのときだった。

 「マーク危ない!後ろ!!」隊員がマークを全速力で押し倒す。

 すると数刻前に彼がいたところには灼熱の熱線が通り、空気が焼き尽くされていた。間一髪の回避だ。

 「各位後方で待機。再装填急げ。」

 レナータは荷電粒子砲の衝撃波に抗い、身をよじった。

 荷電粒子砲を持つタンク型が2体。

 1体の撃破に気を取られていたすきに回り込まれたようだ。


 レナータは額に汗が滲んでいくのを感じた。

 首筋をなぞる冷たさを感じた。 

 ファンが高速回転し始める。ストリングスを最大稼働モードはあと2分も経たずにオーバーヒートする。

 勝負を決めるなら今しかない。レナータは眼前に標的を見据えた。


 「隊長。1人では無茶です。」

 マークの制止をものともせず、レナータは2機の異形の怪物めがけて突き進んだ。

 手には一振りの得物を携えていた。他の隊員とは異なる決戦兵器。

 それは、1本の細身の刀。


 アメンボのような瞬発力で、プラズマで生成された光の矢を軽やかに躱していくレナータ。

 ストリングスのラミネートアーマーが僅かに焼け焦げる中、一寸の間隙で攻撃を躱しつつ、見事にも相手の懐へ近づく。

 一進。一進。極限まで近づいたところで、異形は羽虫を叩くように自らの銃身をレナータに叩きつける。

 これをレナータは一瞬の間合いを取って一退。

 あと5m。

 電弧放電によって切断性能を強化させた青白い軍刀の刃先はすでに奴らを捉えている。

 彼女の間合いまであと僅かだ。

 レナータは相手の挙動を探りながら、一進一退の攻防を繰り返す。


 すると、インターフェースに警報が鳴った。

 後ろからの攻撃だ。

 原子が焼け焦げる前の一瞬の匂いを感じ取ったレナータは脚部ホバークラフトを逆噴射し、宙返りした。

 後ろ側にいた異形が放った光線はレナータに躱されたことで行き場を失い、その前方にいたもう一機の異形を突き刺した。

 レナータは身を崩さず、射撃を終えた異形めがけて軍刀を一閃した。


 しなやか、かつ優美な一振りだ。

 レナータはわずかに時の支配者となった。

 その細身の刀身で切り裂いたとき、誰もが息をのんだのだ。

 そして、異形はその機械仕掛けの身体を真っ二つにされた。


 刀身には青白い刃紋が残っている。

 レナータは敵の敗北を見届けるや、刀身をリアーラックへと格納し、ヘッドギアを脱いだ。

 同時に彼女の美麗な顔が露わになるとともに、銀色の髪が風に揺れた。


レナータがヘッドギアを脱いだ時、それは戦闘終了の合図だ。

 隊員一同は肩の力を抜き、一気に地面へと倒れ込んだ。


 「はあ、助かった。」

 マークは安堵のあまり言葉を漏らした。


 そこに針を突き刺したのはレナータだった。

 「街場に戻る。奴らはもうそこまで来ている。」

 「待ってください。アムネシア軍曹が、今さっき死んだんですよ。撤退しないのですか。」もうひとりの隊員が聞いた。

 レナータはその言葉に俯きながら、舌打ちする。


 「お前らは、私達の任務を忘れたのか。私達はこの安津州住民の命を預かっている。アライエはこの街を潰すだろう。街は救えない。人もたくさん死ぬ。だが、私たちは一人でも多くの避難民を助けなければならない。」

 レナータの冷ややかで淡々とした言葉。


 「じゃあ、隊長。俺たちのことは一体誰が助けてくれるんですか。仲間を殺されて、ろくな支援もなしに死線に駆り出された俺たちのことは、誰が。」

 マークは悲壮な叫びを訴えた。


 レナータは何も答えなかった。その無言の背中が彼女の答えだ。前に進め。死ぬまで戦え。それが、共和国軍人なのだと。

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